県花ハマユウ制定のいきさつについて
斉藤 政美
(宮崎県総合青少年センター主任主査)

1. はじめに

ハマユウの花  夏に白い花をつけるハマユウは、県の花として広く知れ渡っており、小学生もよく知っています。また、観光地はもとより公園や家庭の花壇にもよく植えてあるのを見かけます。大きな株で、緑の葉っぱ、白い花は南国宮崎を象徴する植物としてしっかり定着し、まじみも深くなっています。
 ところで、今年はハマユウが県花に制定されて30年目にあたりますが、ハマユウがどのような経緯で県花に制定されたのか、ご存じない方や忘れられた方も多いと思います。制定は簡単に決まらず、紆余曲折があったようです。ここでは制定にいたるまでの経緯について紹介します。

2. 「郷土の花」の選定

 昭和29年、NHK、全日本観光連盟、日本交通公社、植物友の会が主催して「郷土の花」を選定することになりました。農林省、文部省、日本国有鉄道、各都道府県が後援になっています。趣旨は次のとおりです。
 「花を愛する心は平和を愛する心といわれている。郷土の花というのは各都道府県を代表する花のことであり、その花は各地方の風土、そこに住む人々の嗜好、風習、伝説、文学、さらには産業、観光の面などとも深い関係をもち、又、それは地方文化、郷土愛とも結ばれてまことに意義あるものと思われる。従って郷土の花を『花の府県めぐり』として放送により全国に紹介するために各都道府県の代表の花を選定する。」
 選定の条件は次のようになっています。
  1 郷土のほこりとする花
  2 郷土の人々に広く知られ愛されている花
  3 郷土の産業観光、生活などに関係の深い花
  4 郷土の文学、伝説等に結びついている花
  5 その地方にのみ見られる珍しい花
 花の名前は一般から募集し、それを選定委員会の参考にするとしました。募集の締め切りは昭和29年3月10日でした。宮崎県の応募結果は次のとおりです。
霧島つつじ 33 桃の花 2
藤の花 30 竜舌蘭 2
浜木綿 16 フェニックス 2
ひまわり 11 カンナ 2
8 白木蓮 2
8 ソテツ 2
ルーピン 7 日向夏みかん 2
菜の花 7 フリージヤ 1
かぼちゃの花 5 ききょう 1
おがたまの木 5 クチナシ 1
ビロウ樹 5 桜草 1
4 山椿 1
福寿草 4 コスモス 1
レンゲ 3 かいどう 1
サボテン 3 ばら 1
山桜 3 山茶花 1
月知梅 2    
  この結果からもお分かりのように、実にたくさんの花の名前があがっています。これを受けて、3月12日に選定委員会が開かれました。音頭をとったのは宮崎放送局長です。出席者は次のとおり(敬称略)。
宮崎交通社長 岩切章太郎
日向日々新聞社編集局長 中村 秀人
宮崎県立図書館長 中村 地平
宮崎大学学長 栗原 一男
宮崎大学農学部 平田 正一
鹿児島鉄道管理局宮崎駐在運輸長付 重信 照志
宮崎県観光課長 西北 勝重
NHK宮崎放送局長 小笠原英男
NHK宮崎放送局アナウンサー 秋山 邦博
 さて、選定委員会で候補に上がったのは、ハマユウ、タチバナ、リュウゼツラン、サボテンの4点でした。1位のキリシマツツジは、鹿児島県が応募数400票の内150票がこの花で、民謡「小原節」でも唄われており、ぜひ譲って欲しいということで諦めたかたちになりました。2位の藤の花も条件に合わないということで消えてしまいました。先ほどの4点について論議していくうちに、リュウゼツランとサボテンが消え、ハマユウとタチバナが残りました。ハマユウは県内の海岸によく見られること、計画的な植栽ができ、観光的にも問題がないこと、花が清楚で香りも良いことから良しとなりましたが、ミカンを考えていた和歌山県がミカンを愛媛県に持っていかれたため、ハマユウにするかも知れないということになりました。そうなれば、ハマユウは和歌山県の方が本場かも知れないし、文学的(詩歌に出てくる)にも宮崎はゆかりがすくないということで不安材料も出てきました。一方タチバナは、「筑紫日向の橘の小戸の阿波岐原」で縁は深いが、木そのものはあまりなじみがなく、花も小さく観光的価値は少ないこと、植えつけ後の成長に年数がかかること等で、一応ハマユウを第一に押し、和歌山県か中央審査委員(牧野富太郎、本田正次)から何かあればタチバナでもやむを得ないということになったようです。
 そんなところへ三重県からハマユウにしたいと申入れがあったようです。当時は菊田一夫原作の「君の名は」が大流行で、志摩半島でロケがあり、画面にはハマユウが映り、どうしてもということだったようですが、譲らなかったようです。結局、三重県もハマユウを指定した訳ですが、宮崎県のものとは花が違っていたということです。実際印刷された絵も、宮崎県のものとは似ても似つかないものでした。
 このように、地方選定委員会は選定された郷土の花の候補を順位をつけて中央委員会に報告し、中央委員会でさらに検討整理して最後の決定を日本放送協会にゆだね、放送記念日の昭和30年3月22日全国に発表されたのです。
 
3. 「県花」の制定

 郷土の花指定から9年後の昭和39年、宮崎県は県花を制定するため、「県花制定委員会」を開きました。11月14日のことです。委員は次のとおりです。(敬称略)。
宮崎交通会長 岩切章太郎(代理出席)
県議会総務警察常任委員長 江藤 隆美
日本交通公社宮崎営業所長 尾崎 茂夫
県農業会議事務局長 倉尾  忠
県婦協事務局長 児玉 一枝
宮崎大学教授 斉藤 泰治
NHK編成班長 高田利明
串間市助役 西北 勝重
宮崎県立図書館長 日高  一
宮崎県副知事 管野 周光
宮崎県総務部長 穂積 重道
宮崎県総務課長 猪崎  諭
宮崎県観光課長補佐 落合 正行(代理出席)
 会では、まず副知事から県花制定の意義について説明があり、続いて西北委員から昭和30年の郷土の花制定のいきさつについて説明がありました。
 県花の候補としてはミヤマキリシマ、タチバナ、ハマユウの3つがあげられました。そして検討の末、次の理由から「ハマユウ」に決まりました。
1  ミヤマキリシマ 鹿児島県と競合したため譲った。
2  タチバナ 串間市都井に原生林があり、非常に熱心な委員もあったが、あまり県民に親しまれていないことや、花がさびしいとの意見が多かった。
3  ハマユウ 県北から県南の海岸線には必ずあり、三重県とダブったが、花が三重県のものとは違うということでこの花に決定した。
 委員からは次のような意見も出ています。
ツバキもよい花だと思っているが、この花は全国的なものであり、県の花とすればはやりハマユウがよい。この花は既に郷土の花として県民に親しまれており、全国にも紹介されているので他のものに決めるということには問題がある。
郷土の花ということで庭に植えているが、地味な感じでよい花だと思う。
NHKとしてもハマユウが県花として制定されることに異存はない。
日南海岸のハマユウとフェニックス  最後に副知事からハマユウより別に県花として適当なものがあるか意見を求められ、全員ハマユウを県花とすることで意見がまとまったようです。
 これを受けて昭和39年12月22日、宮崎県公報に、県旗および県鳥とともに、県花の制定として告示されました。
 このように、長い道程を経て県花は決められたのです。なお、懸念の三重県は昭和44年9月22日に、ハナショウブを県花として制定しました。

4. おわりに

 ハマユウは別名ハマオモト(学術的にはこちらの名前の方がよく使われます)とも呼ばれるヒガンバナ科の多年草です。マレーシア、インド、台湾、中国南部、琉球列島の熱帯や亜熱帯地域、本州、四国、九州の暖帯地域の海岸線に生えます。日本では房総半島が北限になっています。日本でのハマユウの分布は平均気温15度の等温線から南になり、この線をハマオモト線と呼んでいます。日南海岸のものは植えられたものですが、鬼の洗濯板と県木フェニックスとハマユウの組み合わせはなかなかのものです。これからも宮崎県のイメージフラワーとして県内の、また県外の人々の目を楽しませてくれることでしょう。
 最後になりましたが、この原稿は郷土の花の選定にあたられた故平田正一先生の記録をもとに作成しました。平田先生は東京の地で眠っておられます。

掲載号:みやざきの自然 10号 '94-11

制作:2005.06.22
修正:YYYY.MM.DD