|
1 はしがき
ほとんど毎日私は虫の事を気にしながら長い年月暮らしている。
特別な目的で特別な場所を訪れないかぎり、同じ土地では毎年お目にかかる虫の種類はほとんど同じ種類である。その虫たちは近頃多く出版されている本や図鑑に載っているごく普通の種類で、好事家達に珍重されるような虫でもなければ、一般の人達にも気付かれない虫たちである。
今回も前号に引き続いて、我が家を訪れてくれる目立たない虫を取り上げることとした。
そのために常よりも早く起き出して、早起きの虫を待受けていると、隣家の植込みの間から朝の光が射し込んで来た。と同時に飛び込んだのはセセリチョウで、少し間を置いて狩人蜂として高名なクロアナバチとベッコウバチがまるで天空から落ちるようにして飛んで来た。みんな腹を空かしているようだ。
2 露はらいのセセリチョウ
いま我が庭を賑わす花はコヒマワリ・センニチコウ(千日紅)、これは長持ちするのでこの名がある。3度の嵐にようやく耐えたあわれな姿のコスモスのかじかんだ白とピンクの花・ヘチマの花・ランタナの花である。特にランタナの花はいろいろなチョウを誘い寄せる。ランタナは中南米原産の植物で、花が散るまでにその色を3回変えるのでセイヨウサンダンカ(西洋三段花)とか、コウオウカ(紅黄花)などとも言われる。ケイトウは日に日に赤さを増して濃くなるがチョウとはあまり縁のない植物のようである。特にハゲイトウに至っては時々これを訪れたチョウが、花ではない事がわかるとあわてたように飛び去って行く。
朝の光と共に矢のように飛んで来たセセリチョウはイチモンジセセリで、昨夜の泊りは素泊りであったのかランタナの花のテーブルに着いた。そしてランタナの小さな筒形の花の底に口吻を差し込んで甘いジュースを吸っている。ランタナは3段に分けて花が成長していくので、今開きかけのもの、すでに満開のもの、間もなく散ってしまいそうなものといろいろあるが、どれにもジュースはたまっていると見えて、花を数えるように渡って行く。他のチョウが一度吸ったものを、次に来たチョウがすぐにまた吸う所を見ると、花の底にはジュースの補充がどんどん出来ているらしい。
陽がかげったり、雨模様になるとさっとどこかへ去ってしまうイチモンジセセリであるが、明るくなったり、雨が上がったりすると、どこからともなく急に飛び出して来てランタナばかりでなく、すぐそばのセンニチコウにも御愛憎をする。どの花に止まっても西の空が茜色に染まるまでは一日中暮らしている。時には邪魔になる相手を激しく追い払い、どうかすると同じ花の上で、頭を突き合わせるように遊んでいることもある。また雄と雌が仲良くなっている場面も見せてくれる。
イチモンジセセリに限らずセセリチョウの仲間は飛ぷ力が強く、したがって早く飛ぶので、2〜3頭が集まって飛び交っているとその羽音がぷんぶん聞こえる事もある。
セセリチョウの仲間は飛び方がすばしっこくて見ていると何となくせわしい動きをする。国語辞典には「●蝶」と載っているので●(編集者注:●は手偏の漢字で「せせり」。第二水準にも無いので、PC上では表記できない。)のあたりを見ると、なるほどとうなづけると思う。
イチモンジセセリは前号のヤマトシジミのようにどこにでも見られる、ごくありふれたチョウである。その翅の開張(翅をひろげた時の左右の前翅の先端の距離)は35mm内外、翅の色は黒褐色であるが、頭や胸にある毛は緑色に光ることがある。前後の翅にある半透明の白い斑紋は前翅に大小8個、後翅に一列に4個が並んでいて見る方向によって銀色に光って見える。翅を背中に合せるとこの4個の銀色の斑紋で他種の区別ができる。
イチモンジセセリの顔は黄白色で、触角はアゲハチョウやモンシロチョウのように先端に丸味なく尖っている。そのためにガに近いチョウとされていたが、今はチョウとガの区別をしないようになった。すなはちガもチョウも分類学では同じチョウ目である。複眼はまん丸で大きく、濃いチョコレート色をしていて、ぱっちりしていて可愛い。それでカメラに収める時、目玉にピントが合わせやすい。動物の場合、カメラに収める時、目玉にピントが合っていれば、他の部分が多少ぼけていてもたいして苦にならないものである。体長は20mm内外で全体はずんぐりしている。飛行機にたとえると戦闘機といった形である。そのためか飛行のしかたも、花に来て止まる時、飛び去る時、その素早さは電光石火である。しかも何回離着陸ならぬ離着花をくり返しても、その時花はゆるぎもしない。
この見栄えのしないイチモンジセセリの幼虫は草原や竹やぷなどで、イネ科植物のススキ・チガヤ・メダケなどを食べ、またカヤツリグサ科のシラスゲも食べるというが、私がよく見かけるのはイネやチガヤである。
幼虫は食草の葉を何枚か引き寄せてその中で生活している。この巣の形は「苞」というものに似ているので幼虫をツトムシとも言う。「苞」というのは稲藁を束ねて、その中にいろいろな農産物を入れて持ち運ぷのに使ったもので、昔農村では風呂敷のかわりにもしたのである。生きたニワトリなどを土産にする時にもこの苞の中にニワトリを入れ体だけを包み、頭と足は外に出しておくので、ニワトリは暴れても足のふんばりが利かないから逃げ出すことは出来ないのである。里芋なども土のついたまま少量ならこの苞で運んだものである。納豆も本来は藁苞の中で醗酵させて造っていた。
早期水稲地帯ではイチモンジセセリの幼虫の苞を見ることはなくなったが、山間地帯の普通作の水田では時折集団的に発生しているのを見ることがある。そうなるとイネの害虫として浮き上がってくる事になる。私の庭に飛んで来るものは付近のチガヤなどで育ったものであろう。
今まさに穂を出そうとするイネに綴られた苞をこわして、その中にいた青虫がイチモンジセセリの幼虫であることを知った私は驚きもし、感激もした。もちろんこのような事はその道の人にはすでに十分知れわたっていた事ではあるが。しかし明治の中頃までは幼虫については分かっていなかったらしい。1988年12月に発行されたヘンリー・プライヤの日本産のチョウの図鑑の中に、イチモンジセセリの図はあっても学名だけが記載され、和名も幼虫の食草の事についても記載はない。貝原益軒の「本草綱目」の虫の部にもまだ苞虫のことは見られないようである。
イチモンジセセリ
 イチモンジセセリの卵・直径1.0mmぐらい。 |
|
 イチモンジセセリの幼虫・前ばねの長さは15mm〜21mm。 |
|
 イチモンジセセリの幼虫の巣・イネの葉を綴って「つと」を造っている。 |
|
 イチモンジセセリの幼虫・生長すると40mmになる。緑色をしている。 |
イチモンジセセリは食草であるススキやイネ・チガヤなどの葉の裏に卵を1個ずつ点々と産む。その白いまんじゅう型の卵は直径1mmぐらいである。やがてふ化した幼虫の頭は黒く胴は白い。黒光りのする頭を左右に動かしながら歩きやがて餌にありつく、と言っても卵が産みつけられたその葉を食べるのであるから苦労はない。歩きながら頭を左右に動かすのは糸を吐いて足場を造っているのであって、チョウやガの幼虫はみな行っていることである。生長した幼虫の巣は食草の葉を何枚か引き寄せて造った苞であるが、まだ若い幼虫はその力もまだないので1枚の葉を円筒にしてそれを住まいとする。
幼虫には気の毒であるが、その巣をこわして幼虫を裸にしてその苞造りを観察することにする。これは幼虫は直射光は嫌うようであるからなるべく日陰がよい。突然裸にされた幼虫はいつものように頭を振り振り歩いているが、その気に入る所で静止して一枚の葉の縁に糸を付着させ、その糸を片方の葉の縁に付着させる。細い目にも見えないような糸であるが何回となく同じ場所をくり返しているうちにその糸が見えるほどに太くなる。その結果葉の縁は引き寄せられて丸味を帯びるようになる。他の縁でもその作業を重ねて葉は円筒になり、また何枚かの葉が引き寄せられて苞が出来上がっていく。それは自分だけが生活できる無駄のない住宅である。
成長したイチモンジセセリの幼虫の体長は35mmばかりで淡緑色をしている。背中の中心(背線)に目立った暗緑色の條が1本通っている。頭部は淡褐色で左右の頬に褐色の斜の線があり気門は赤い。さなぎになるのはもとの巣の中で、体長は23mmばかりで淡黄色で白い粉をかぶっている。この白い粉をかぷるのはセセリチョウ科のさなぎの特徴でもあるがどういう理由なのか私ははっきり知らない。 私は始めカビに犯されてさなぎが死んでしまったものと勘ちがいした。
宮崎のように温暖な地方では年問3-4回発生し、もっと南方では5-6回発生をくり返すものと考えられている。
幼虫の状態で冬を越し3月下旬頃からぼつぼつ成虫が現われ始める。それが3-4回と発生をくり返して個体数が秋になってもっとも多くなり人家までも広がってくるのである。
チャバネセセリというイチモンジセセリと親類すじになるチョウがいる。この2種のチョウは現われる時季も同じで、翅の開帳も、体長も、色彩も非常によく似ている。見分け方は翅の白い斑紋によるが、チャバネセセリはイチモンジセセリに比べて斑紋が、非常に小さい。そして雄の前翅に斜めに自い斜線を持っていることである。この白い斜線はチャバネセセリの雄の性標であって、性標は他のチョウにもこれがいろいろの形で現われるものがある。イチモンジセセリには斜めの一文字がなくてチャバネセセリに、一文字があるのは、和名の付け方が逆のような気がしてならない。
チャバネセセリもイチモンジセセリとほとんど同じような生態で、食草もイネ科植物のイネ・ススキ・チガヤ、カヤツリグサ科のヒメクグなどである。しかしイネの害虫として取り上げるほどの事はないようである。
幼虫の体長は30-35mm。食草の葉を巻いて円筒形の巣を造りその中で生活し、イチモンジセセリのように苞を造ることはない。その中で冬も越す。第一回の成虫が現われるのはイチモンジセセリよりも少しおくれ、4月下旬頃からで年4回ぐらい繰り返すらしい。
チャバネセセリ
 チャバネセセリの幼虫・40mmにもなり緑色である。 |
|
 チャバネセセリ・前ばねの長さ13〜21mm。雄には前ばねの表に斜めの灰白線が一本ある。 |
|
 チャバネセセリのさなぎ。なぜか白い粉におおわれている。 |
|
 チャバネセセリの幼虫・チガヤなどを丸めて巣を造っている。 |
イチモンジセセリは日本全土に分布するが、チャバネセセリは宮城県南部が分布の北限とされている。
この2種類のチョウは秋に入って発生のピークを迎える。天気の良い日はランタナやセンニチコウの花のあたりで入り乱れている。それは生きるための乱舞であるのに、人は丹精こめて咲かせた花の添景として眺め、一篇の詩情を湧かせる。
街角のコーヒー店のマダムの話を聞いていたら、「庭のネジバナの花が咲き出したら、今まで高い所を飛んでいたチョウが、低い所を飛ぶようになりました」と、うれしそうにチョウが舞う姿をして見せた。それもまた良い。しかし私はチョウと花の係わりは恨みのこもる程に深遠なものである事を忘れない。
3 石とハチの物語り
私はここに捨て難い一つの小石を持っている。白と黒の斑のこの石は、私の小引出しの隅に1977年8月この15年間も入っている。久し振りに「のぎす」と秤を取り出してそれを測ってみた。それは長さが18.4mm、巾12.9mm、厚み9.7mm、重さは3.3gであった。
これっぽちの小石を引出しに入れて大事にしまっているなど、まさに幼児のする事であるが、この事についてペンを取る日がある事を私は待ちわびていた。今ようやく彼の歴史が日の目を見る事になったのである。
1977年8月3日水曜日晴午後2時、宮崎市阿波岐ケ原の市民の森公園の中の遊歩道を歩いていた時の事である。その頃はまだ松食虫の被害をまぬかれた老松が点々と残り、その太い根が遊歩道にまではみ出していた。その根の土際に直径5-6mmほどの二つの穴が黒い口を開けており、その穴の一つに入っていく大きな黒いハチを見た。それはクロアナバチであると見てとった。
このクロアナバチはジガバチ科のハチで、体は黒く顔や胸のあたりに白い毛が生えている。はねは透明であるが、前ばねが少し曇っている。体長は23-33mm内外もあるからハチとしては大型の方である。幼虫を育てるのにキリギリスなどを捕らえてそれに産卵して幼虫の餌にする習性があって、その勤勉で巧妙な仕事振りは多くの虫好きの人達によって観察研究されている。中でもこの研究に先鞭をつけたのは、彼の有名なファブルである。今までにそのような情景を、本やテレビで見た人もあると思うが、改めてファブルの「昆虫記」を読んでもらいたいと思う。
ファブルが見たもの、その他東西の学者、昆虫好きの人達が見たその事が身近に行われていることに直面して、私は感激し、興奮し、驚嘆した。
穴に入ったままクロアナバチはなかなか出て来ない。私は待ちあぐねて他の場所にクロアナバチの巣穴探しに移動し、時折松の根方の巣穴の観察に行ったが、その姿を見ることは出来なかった。この神経質なクロアナバチはあたりの植物に止まって私を監視しているかも知れないのであるが、他の場所を見廻っているうちに、つい夕刻となり引き揚げる前に、またのぞいて見ると、何と二つの巣穴の入り口のうち一つの入り口は、トンボの羽でふさがれ、しかも私の机の引出しの中に15年間も入っていたあの3.3gの石で圧えて倒れないようにしてあった。公園は付近に人家も少なく、いたずら小僧がその辺りで遊んでいる姿もなかった。したがって誰かがそのような念入りの事をするとは考えられない。この仕事はクロアナバチに間違いないと私は思った。
この次には何が起こるのだろうか、外から巣穴の入口をトンボの翅でふさいでいるのであるから、中からクロアナバチが出て来ることは考えられない。私は家主が帰宅して、あたりに気を配りながら、おもむろに重石を押し除けて、巧妙なステンドグラスのようなトンボの翅を取り除くのを見物させてもらおうと、30分間待ち、その間時折他の場所を見廻りながら、3回訪れてみたがいつも戸口は閉じられたままであった。
ついに日暮れとなり帰宅することにした。
8月4日もたいへん暑い日であった。所用があり昨夕の観察場所に出かけたのは午後5時であった。車を停めると気になっている昨夕のクロアナバチの巣穴に急行した。
驚いた事にトンボの翅は美事に取り払われ、それを圧えてあった重さ3.3gの小石は、戸口から20cmの所にはね飛ばされていった。それに加えて2個あった巣穴は3個に増えていた。この3個の穴のうち1個が役に立つ巣穴であとの2個は寄生バエなどをごまかすためのただの穴であることはすでに分かっているが昨日の2個に加えて、私が観察を怠けている間に1個穴をふやしたのである。私は折角の機会を逃してしまって後悔した。
クロアナバチ
 クロアナバチの巣穴掘り。他に2〜3個のだまし用の穴も掘る。 |
|
 クロアナバチの巣穴掘り・土を後にどんどんはね飛ばす。 |
|
 未完成の巣穴をトンボのはねでふさぎ小石で押えていた。右の穴はだまし用の巣穴 |
|
 巣穴堀りが終るとツユムシなどを狩ってくる。卵は巣穴の中で前足の付け根に一個生み付ける。 |
クロアナバチはキリギリス科の昆虫を毒針を使ってその胸の神経を刺して麻酔し、自分の巣穴に運び入れ、それに産卵して幼虫の餌にする。今巣穴を留守にしているのはキリギリス狩りに出かけているのであろうか。しばらく待てばキリギリス科の昆虫、すなはちツユムシほどの小型のものならそれを腹に抱きかかえて、それは戦闘機が魚雷を抱いているような格好で空から飛んで、キリギリスほどの大型のものなら、口で触角などをくわえて地面を引っ張って帰るはずである。
 eはセスジツユムシの前足の付け根に生みつけられたクロアナバチの卵(井之口原図) |
そのような事はファブルがフランスのカルパントラスの丘で、その後いろいろな人達が心行くまで観察してしまったのであるが、私もその中の一人に加わりたいと思っていた。
長い時間、廻る日陰を追いながらもついにそれはかなえられなかった。自分の怠けぐせを誇示するような事であるが、あれから15年目その機会が、全く偶然に私の庭で起こった。
早起きは三文の得というが全くその通りで、15年過って私は3文の得をした。
いつもはランタナや、コスモスなどの花を訪れるクロアナバチが今日はサツキツツジの植込みで何やらあわてている。近づいてみるとキリギリス科のセスジツユムシ(普通はスィッチョンという)を抱きかかえようと懸命であった。どこかへ準備した巣穴へ運ぼうとして準備の最中である。翅をばたつかせ、せわしく黒く細いスマートな足を動かしている。私が好奇の目で近づくのを敏感にさとったのか、準備が整ったのか、獲物のセスジツユムシを抱え直して竹の柵に飛び移った。そこでさらにセスジツユムシを抱え直し馬乗りになったと思った瞬間飛び去ってしまった。私は秋晴れの空に遠ざかる黒い影を目で追い続けたが、力なくぷら下ったセスジツユムシの細く長い足はついに視界から消えてしまった。
4 夜業をするハチ
ベッコウバチはクロアナバチがトンボの翅で、その巣穴をふさいでいたのを私が観察していた頃巣穴掘りをしていた。場所は公園内の東家のある広場で、水はけの良い砂地の堅い所であった。そことクロアナバチの巣穴掘りの場所とは30mぐらい離れていたのて、私はこの2種類のハチの巣穴掘りを観察するために絶えず行ったり来たりしたのである。
ベッコウバチはベッコウバチ科に属し、体長15-27mで日本産のこの科のハチでは2番目の大きさである。体の大部分は黒色であるが、頭部と胸部の一部、それに触角が黄褐色である。翅は透明な黄褐色で、外縁が透明感のある淡い黒色である。そのためにベッコウバチの名が付けられたのであろう。しかし同じ仲間には翅の透明な種類もある。
そのベッコウバチは始め1匹で巣穴掘りをしているとばかり思っていたが、付近には2箇所で巣穴掘りをしているものもあり、時にはその邪魔に来るものもあって巣穴掘りの分取りをやっているような場面もあった。邪魔が入ると足をふん張り、翅を激しく振るわせて相手を威嚇するが外来者は負けてしまう。
このベッコウバチも巣穴掘りの狩人蜂であるが、クロアナバチはキリギリス科の昆虫を狩るけれども、こちらはクモ狩りをする。しかも「おぞましき」姿の大きなオニグモを狩るのである。
私が近くで観察していることがちゃんと分かっているとみえて、私の周囲をブンブン羽音を立てながら飛び廻る。時には突き当るように真直ぐ向って来ることもあり、私は二度三度と身を引いた。土は固いけれども砂地であるから見る見る深くなって行く。道具は足と口である。しかもよく見るとどうも2個の巣穴が接近して掘られている。やはりクロアナバチのようにカムフラージュの穴を1個掘っているのであろうか。それとも考え直して掘り直したのであろうか。せわしく巣穴掘りをするので、べっこう色の美しい翅も黒光りのする体も砂ぼこりで白くさえなっている。子孫を残したい止むに止まれない事とは言え涙ぐましいばかりの働きである。あたりは暮れて行くのに一向に終る様子はない。私は退庁の時間になっても上司が帰らなければ帰れない下っぱのような気持になった。でもこの機会を逃すわけにはいかない、蚊を追っ払いながらがんばる事にした。ライトはちゃんと持って来きているから暗くなっても大丈夫である。
巣穴は斜めに掘り進められるがどれほどの深さになっているのであろうか、何かを差入れて測るわけにはいかないようである。私は多分15cmくらいであると思った。あとずさりしながら土を運び出したベッコウバチは、あたりを見廻して何かをうかがうような様子をしたとたん、たそがれの中に飛び去った。夕闇も迫るので仕事の続きは明日に持ち越すのだろうと思っていると、2mくらいの彼方に何か動くものが目に入った。目をこらすようにして見ているとベッコウバチがクモを引きずりながら帰って来るではないか、私はまだこれから観察を続けねばならない事になった。それにしても巣穴からどこかへ飛び去って10分は経っていなかった。わずか10分くらいの間によくも大きなオニグモを発見したものであると感心もし驚きもした。彼女はオニグモの居場所を巣穴掘りを始める前に確認しておいたかも分からないし、あるいは採集して何処かに隠しておいたかも知れないなどと憶測したりした。
毒針使いの達人、ベッコウバチのひと刺しが良く利いたと見えて、丸々と太ったオニグモは、8本の足を天空にそろえたまま全く動かない。
古い事であるがこのベッコウバチのオニグモ狩りを一度だけ見せてもらった事がある。ある夏のタ方、一風呂浴びて軒先で夕食用の昆虫を捕らえるための網をオニグモが熱心に張っていた。その時突然何かがオニグモに衝突したと思った瞬間、それは一つの黒い塊になって地上に落下した。あわててのぞくと、すでにベッコウバチに引きずられて行くオニグモの姿があった。その素早さは何百分の一秒であったろうか。引きずられて行くオニグモは何の抵抗もなくベッコウバチのなすがままであった。
話をもとにもどすことにする。ベッコウバチは獲物のオニグモを一直線に巣穴に運び入れるのではなく、仕事場からかなり離れた場所の雑草の上などに置いてから巣穴掘りを続ける。そしてまたオニグモを引っ張って巣穴に近づけ雑草にのせて置き穴掘りをする。このような事をくり返しているうちに穴掘りだけは完了するが獲物はまだ離れた所の雑草の上で眠っている。またオニグモに産卵のすきをうかがっているやっかい者のヤドリバエや、小さなアリも追っ払わねばならない。実に多忙なタ暮れ時である。
しかし今はもう涼しくなり昼間の猛暑の姿はない。
巣穴が目的の深さに近づいているのであろうか、獲物のオニグモとの距離が近づいて来る。やがて獲物を巣穴の入り口に置いて念入りに中を点検しているようである。いよいよこれで良しという事になったと見えて、クモ足を口でくわえて後向きに引き込んで行った。
時計の針は午後7時を指していた。
これから巣穴の埋めもどしにかからねばならない。人間なら多分外に運び出した土を、ショベルやブルドーザを使って一気に埋めもどす所であるが、彼女はそのような事はやらなかった。それは先ず奥の土壁をこわして埋め、やがて外に運び出した土で埋めるのである。これはまず獲物のクモやベッコウバチの卵に対して外部の乾燥した土は良い影響を与えないために、巣穴の内部の湿気のある土をまず使用して、大部分を埋めもどした所で掘り出した少し乾燥した土を使うのではないか、と思ったのは私の一人よがりだろうか。埋めもどしは足と口を使ってどんどん進行する。時には当てはずれに土が飛ぶこともある。又腹部で土を圧えたり、均らしたりもする。土が乾燥すれば一体どこにベッコウバチの巣穴があるのかなど全く分からなくなってしまう。
巣穴の埋めもどしは終ったけれどもそればかりが終わりではなかった。すでに夜に入ったというのに、付近に落ちている松の枯葉を口で運んで、均らした土の表面に置きだした。それが1-2本ではなく自然に落ちた松葉の風情である。時には小石も並べている。これは巣穴をかくすためのカムフラージュに違いないが虫けらにしては実に巧妙過ぎると思った。作業の終ったベッコウバチはその夜どこの宿りであったのだろうか、もう夕食をとろうにも暗やみであればそれもならず、多分素泊りであろう。夜が明けるのを待って朝日と共に私の家のランタナやセンニチコウにやって来て朝食をとっているのである。
明日は巣穴に運ばれたオニグモを観察するために、そこに小石を置いて目標にして帰路についた。
月も無い夜私の周りの森の中でヨタカがキョキョキョと鳴いていた。
ベッコウバチ
 麻酔したオニグモを引っぱって巣穴に帰るベッコウバチ |
|
 ヤブガラシの花を訪れているベッコウバチ(右)とクロアナバチ(左) |
|
 うっかりしていると獲物のオニグモにアリがたかっている。もう役にたたない。 |
|
 引っぱって帰る途中雑草にオニグモをのせて巣穴の点検に出かける。 |
|
 巣穴を埋めもどして土をならし、落松葉を無造作に並べてカムフラージュする。 |
|
 仕事のすんだオニグモを掘出してみたら、腹部に卵が一個産み付けられていた。 |
明くる日も昨日に勝る暑い日であった。カブト虫採りや広場の滑り台に遊びに来る子供達に、昨夜のベッコウバチの巣の在りかを印した小石が、はじき飛ばされはしないかと気にかかった。しかし所用のため夜明けに飛んで行く事も出来ず、はやる気持ちを圧えながら昼過ぎになってしまった。巣穴の埋めもどしに使った土は乾いて白くなり、周囲の土と全く見分けがつかなくなっ.ていた。しかし風流な松葉の置物はそのままであり、目印しに置いた小石が巣穴の在りかを教えてくれた。しかし昨夜のうちに何かの都合で小石がずれていたら大困りである。それでも目印しの小石を除けて、根掘を使っておもむろに掘出しにかかった。
市民の森は砂丘で成り立っているから、広場の土も表面は固いが掘り始めると面白い程掘る事ができた。このような土質の所は水はけ、通気ともに最高であるから土の中で幼虫が育つのに最良の土地と見極めたベッコウバチの母親の眼力は確かなものである。ファブルがいろいろな狩人蜂の巣造りを観察したカルパントラスの丘も石がごろごろした所であったらしい。
鋭い根掘の先端には、軟らかい体のクモとそれに産みつけられているベッコウバチの卵が必ず埋まっているはずである。昨夜埋めもどされた土と他の土が区別できないようになっているので、気を使うこと甚だしい。細心の注意をはらいながら、20cmほど掘り進んだ所で、オニグモにばったり出会った。彼女は足を揃えて何事もなかったように静かに眠っていた。
触ってみるとたいへん軟らかい。手荒く取り扱えば今にも破れそうである。
ベッコウバチの白い卵はバナナの形をしており、オニグモの胸のあたりに産みつけられていた。
この卵はやがてふ化すると黄白色の蛆のような幼虫になる。オニグモの体を食べながら成長し、やがてサナギになり土の中から羽化して来るのである。万一ベッコウバチの巣穴掘りの最中に、あの憎いヤドリバチがオニグモに卵を産みつけているとベッコウバチの幼虫はそれに食べられてしまって、かわりにヤドリバエが羽化して来るのである。しかしこれはまだ聞きかじりで、私は本物を観察したことがない。
ベッコウバチの短剣の一刺に見舞われたオニグモが、ベッコウバチの幼虫が育つ間腐敗しないでいる仕組みはまだよく分からないらしい。
あとがき
前回私は庭先でも育っている、地味で小さなチョウ、ヤマトシジミの暮らしぷりを紹介した。今回もそれにも増して人々に気づかれず、地味ではあるが実にすばしっこいイチモンジセセリとチャバネセセリに肩入れをした。この本が刷り上がる頃にはその姿はないと思うが、来春を楽しみにしてもらいたい。
また、クロアナバチとベッコウバチの巣造りの事は、今までに、多くのすぐれた観察者達によく知られており、それについての出版物も多くある。が私は私なりの観察を宮崎の空の下で行う幸運に恵まれた。宮崎でもこのような素晴らしい自然があるのだと言いたいのである。宮崎人はもっと宮崎の自然を知ってもらいたいと思う。車から降りて歩いてもらいたいと思う。
ここに取り上げた4種類の昆虫学
イチモンジセセリ・チャバネセセリ
節足動物門 昆虫綱 チョウ目 セセリチョウ科
クロアナバチ
節足動物門 昆虫綱 ハチ目 ジガバチ科
ベッコウバチ
節足動物門 昆虫綱 ハチ目 ベッコウバチ科
〔参考文献〕
石原 保 学研中高生図鑑 昆虫III 学習研究社。1975年
白水 隆 学研中高生図鑑 昆虫I 学習研究社。1975年
植物文献刊行会 プライヤー氏著日本蝶類図説 井上書店 昭和10年。
|