宮崎の草木と人と(5)
フロラの構成メンバーたち
−自然植物誌的観点から−
南谷 忠志
(宮崎県立宮崎西高等学校教諭)

4.宮崎の保護すべき植物

その2. 保護のための施策

はじめに

 全米科学財団(NSF)が発表した「生物学的多様性の喪失」と題する報告書は、生物の種類という点で現在地球は過去6500万年間で最も破滅的な時期を迎えており、国際協力でこの傾向を逆転させなければ「今後、2、30年間で地上の生物のうち4分の1以上を失うことになろう」と警告した。報告書は過去平均の千倍のスピードで生物の種類が減り続けていると指摘し、生物の種類の減少は、人類がこれまで動植物、菌類などを食糧、衣類、薬品、住居などに利用してきた歴史からみて「人類の繁栄」に係わる問題だと強調している(神戸新聞89.8.25)。
 日本でも1989年、「我が国における保護上重要な植物種の現状(通称:レッドデータブック)を公表したが、それによると、日本の野生植物(シダ・種子植物)の約17%が絶滅あるいは絶滅の危機に瀕しているという。
 このことは本県でも同様で、宮崎県産野生植物2254種の12%の植物が危ないのである。
 そして、野生植物が危険な状態に陥っている大きな理由は二つあり、一つは開発行為による自生地の破壊、二つめは山草業者などによる採取・乱獲である(表1)。

表1. 野生種を絶滅の危機においやる原因
(岩槻邦男 1990)
  絶滅 絶滅
危惧
危急 現状
不明



湿 地 開 発 8 19 110 5 142
森 林 伐 開 5 23 97 1 126
草 地 開 発 1 7 28 2 38
道 路 工 事 0 1 17 1 19
ダ ム 建 設 1 2 8 0 11
石 灰 採 掘 0 2 6 0 8
そ  の  他 1 9 33 0 43

園 芸 目 的 3 71 178 2 254
薬 用 目 的 0 0 3 0 3




稀      少 0 22 252 2 276
食      害 0 3 8 0 11
踏 み つ け 0 0 9 0 9
火 山 噴 火 3 0 1 0 4
遷 移 進 行 0 0 3 0 3
不      明 13 3 4 23 43

 ここで、宮崎県産野生植物中で危険な状態にあるものを、前回本紙4号登場分にいくつかの追加をして、原因別に列記してみると表2のようになる。

表2. 宮崎県から消えた植物及び危険な植物
* 下線を引いたものは宮崎県から消えた植物
i











伐採
ヒュウガシケシダ、ヒモラン、スギラン、サツマシダ、シシンラン、フウラン、ナゴラン、ヤシャビシャク、ハナガガシ、ツクシシャクナゲ、ツクシムレスズメ、ツチビノキ、ヒュウガヒロハテンナンショウ等
埋立・改修工事(ゴルフ場建設を含む)
アサザヒンジモデンジソウカワツルモサガミトリゲモサンショウモ、ミクリ類、シバナ、ヒメシロアサザ、ガガブタ、ヒメコウホネ、オグラコウホネ、ヒュウガトンボ、タコノアシ等
林道開発
ヒュウガオオクジャク
ダム建設
アツイタ、ヒロハアツイタ、ホコガタシダ等
海岸の消滅
ハマナツメ、グンバイヒルガオ等
ii




  オナガカンアオイ、ムジナノカミソリ、サクラソウ、クマガイソウ、オオタニワタリ、サギソウ、ササユリ、ウチョウラン、ハナゼキショウ、イワザクラ、オキナグサ、エビネ類、カザグルマ、キバナノツキヌキホトトギス、ナギラン、ナゴラン、フウラン、キバナセッコク、カンラン、フクジュソウ、センダイソウ、ヤマシャクヤク、ツクシイワシャジン等
iii



遷移による自然消滅
エヒメアヤメ、ヒゴタイムラサキタカサゴソウ、サクラスミレ、キスミレ、ノカラマツ、ムラサキセンブリ、ハナカズラ、イヌセンブリ、スジヌマハリイ、ヒュウガトンボ
水質汚濁・富栄養化
アカウキクサ、スブタ類、オニバス、ジュンサイ、ミズスギナ、タヌキモ類、オオヨドカワゴロモ、センニンモ、ササバナ、ヒュウガホシクサ、ホシクサ類、シロバナナガバノイシモチソウ等
 以上のうち、下線を施したものは既に宮崎県にはない。他の植物も同じ経過で絶滅しないようになんとか保護していきたいものである。
 そこで、これら絶滅危倶植物の保護について東京大学教授岩槻邦男博士(「日本絶滅危惧植物」:1990)の考えをもとに、日頃から思っていることを述べてみたい。

(1)なぜ野生植物を保護せねばならぬのか

1. 人類と共に進化してきた野生植物
 私たち人間だけが地球上に生きているのではない。微生物まで合わせて数十万種とも数百万種ともいわれる生物たちが、地球上に生命が誕生して以来35億年の時間をかけて、進化しながら、動的平衝を保って今日生きているのである。その一つ一つの種が仲間であり、生態系の一員としての人類の本来的共存者なのであることを忘れてはいけない。
 むしろ生態系の中で寄生者の立場にいる人間が、将来に向かって間違いなく生きていくためには、生態系の主役である緑の生産者すなわち植物を守るという視点が確立されねばならないのであり、実は植物たちの保護はとりもなおさず人間の保護に他ならないのである。

2. 自然環境の指標としての植物
 私は最近、溜め池の水草を調査している。調査した池は400近くになろうか。タガメは勿論だが、昔は何処にでもいたゲンゴロウが全く姿を見せないのに驚いている。ミズスマシやメダカでさえ探すのに苦労するほどである。20年ほど前は田んぼの水面を赤く被い、農家の方を困らせたアカウキクサ(シダ類)ももはや宮崎県では姿を消した。たかが虫けらや雑草のことと片付けてよいのだろうか。
 野生植物から成る自然植生は、自然環境をもっとも良く反映したものであり、その種類組成や構造を調べることによって、その場所の自然環境を把握することができる。それは長い歴史の中での、植物と環境の絶え間ない相互関係によって、その立地に最も適した植生が成立し、存続しているからである。従って、自然植生は自然環境の総和を示している。
 ところで、野生種が生存できなくなるとはどういうことなのか。もともと生物は絶え間なく進化し続けており、新種の創造の一方で、絶滅する種もある。種の絶滅は過去の歴史の中でもあったことである。しかし、冒頭にも触れたが、「今後は過去平均の千倍のスピードで生物は減り続けていく」と全米化学財団は警告している。このことは、人間が環境を改変する影響で消えていく野生種が相次いでおり、また絶滅の危機に瀕している種の数が異常に大きいことからきていると考える。
 種の絶滅は、自然環境の改変の指標であり、私たちが自分たちの環境をそれだけ作り変えている証拠なのである。このことがヒトという種の生存にとって良い環境への変化かどうかは言を俟つまい。

3. 潜在遺伝子資源としての野生植物
 宮崎県には西日本唯一の国立の研究所があるのだが、このことはあまり県民には知られていない。それは、宮崎市霧島町の「農林水産省農業生物資源研究所」である。
 話が私的な内容になって恐縮であるが、私の勤務する高校には理数科があり県下全域から理数系教科に興味関心の高い生徒が集まっている。その生徒たちに最新のハイテクノロジーを知ってもらうために、県内の公立の研究所を見学させている。その見学コースに「農林水産省農業生物資源研究所」が入れてある。日本での関連施設は茨城県つくば市と山形県新庄市の計三ヶ所である。そこでは何を研究しているのか、パンフレット記載から紹介したい。「近年、バイオテクノロジーの研究進展は著しく、遺伝子組替えや細胞融合等の革新技術が開発され、全く新しい特性をもつ作物を作り出す可能性が出てきました。農業生産資源研究所はその問題点の解決を図りながら、21世紀へ向けて農業上有用で画期的な生物資源の開発とその利用技術の開発研究を目指しています。また、バイオテクノロジーの研究進展によって、育種材料として作物遺伝資源の利用範囲が飛躍的に高まり、同時に遺伝資源の重要性がクローズアップされています。しかし、遺伝資源の宝庫といわれる熱帯地域の開発や砂漠化によって野生種などの貴重な遺伝資源は急速に地球上から失われようとしています。これに対処するため、農林水産省では国際的な相互協力のもと、国内外の遺伝資源を収集、保存するジーンバンク(遺伝子銀行)を設置して、国、県、大学、民問の研究用に配布して広く活用されています。茨域県つくば市にある農業生物資源研究所(本所)では種子の保存をし、15万点が収容できる種子貯蔵庫ができています。同時に種子では遺伝形質の保持ができない栄養体の遺伝資源のうち、永年性の木本作物などは、圃場栽培によって保存しますが、このうち、寒地型のものは山形県新庄市に、暖地型のものは宮崎県で保存し、センターバンクの一端を担っています。即ち、宮崎では温暖な立地条件を生かし、暖地型のカンキツ、モモ、などの果樹や茶、桑、牧草などを保存しています。」とあるように、現在の保存点数(品種・系統数)は牧草:114、カンキツ:416、モモ:187、茶:510、桑:435、合計1662で、今後もさらに収集し2700点を保存予定だという。
カンキツ類の矮小化保存
カンキツ類の矮小化保存
 参考までに紹介すると、世界の品種保存点数の状況はアメリカ:34万、ソ連:37万、中国:13万で、栽培植物に限らず、野生植物まで対象にしている。
 話をもどすが、遺伝子組替えや細胞融合の手法を用いれば、トマトとジャガイモ(ポテト)とのあいのこ「ポマト」やオレンジとカラタチのあいのこ「オレタチ」などのように、交雑が期待できなかった縁の遠い植物間での遺伝子導入も可能になってきた。理論的にはあらゆる組み合わせの遺伝子セットが作れることになる。どの遺伝子が有用でどの遺伝子とどの遺伝子とを組み合わせればどんな生物資源が開発されるといったことは現段階ではまだ解答はない。現在の価値判断が将来にも適用できるとは限らないので、少なくとも全ての野生植物は、潜在的な遺伝子資源として貴重なのである。
 人類は生きていくため、農林作物・水産物・畜産物・食品工業・医薬品等の材料や生産過程で植物、動物や微生物を使用しているが、今まで考えもしなかった生物が将来利用されていくのである。現在世界の主要穀物となっている稲、麦、トウモロコシをはじめ、全ての農作物が野生植物から発達したり、改良されていることを改めて思い起こす必要がある。

4. 研究材料としての野生植物
 今は、菊やカーネーションの花をいつでも見れるし、いつでもいろいろな野菜を口にすることができるようになった。以前は卒業式に菊の花などあり得ず、菊は晩秋の花と決まっていた。植物たちの開花時期が決まっているのは、日照時間との関係があるからだと、今はだれでも知っている。だから、日照時間をコントロールすればいつでも開花期を変えることができるのである。実は、この現象の解明に野生植物のアカザやオナモミが使われていたことは以外に知られていない。開花生理の研究材料に学者たちはアカザやオナモミを用いたのである。そのお陰で研究は進み今に至っている。
 学問・研究には対象となる研究材料が要る。研究が成功するか否かは材料に何を使うかで決まるといっても過言ではない。その場合、野生植物が使われるケースは多いのである。
トイミサキカンアオイ
トイミサキカンアオイ
 本誌にすでに紹介ずみのカンアオイ類は、花が地面すれすれに咲き、種子を飛ばすことができないので、種子は親株と1センチと距たらぬところに播かれてしまうことで有名である。元東京大学教授前川博士はカンアオイの分布速度を算定し、1km/104年とした。1万年かかってやっと1kmしか進めない、恐ろしくのろい植物である。だから、大きな川や海峡または山岳地を越えることができない。前川博士はこの習性を利用し、日本のカンアオイ類をくまなく調べあげ、日本列島の成り立ちとの関連付けをし、いろいろな学説を出された。その研究過程で私も宮崎県の調査をし、オナガカンアオイやミヤザキカンアオイ、トイミサキカンアオイなどの発見に至ったのである。オナガカンアオイは宮崎県北部と四国南部とが、ミヤザキカンアオイは屋久島と南九州とが地続きであったことを証明する生き証人になったわけである。この研究でも、野生種であるカンアオイ類が地史の研究材料に役だったわけであり、この際、カンアオイ類がセットとして当時は現地に残されていたから学説が出せたのである。
 これから先、どんな野生植物がどんな研究に役立つかわからないが、野生植物の分布には長い歴史的背景があることを忘れてはいけない。

(2)野生植物をどのようにして保護するか

1. 法律・行政による保護
 (1-i) 現行の措置
 日本での自然に対する受け止めは保護というより、むしろ制御・征服されるべきものという感覚が強く、特に戦後は復興のための開発が重視されてきた。そんな中で、大正8年に「天然記念物保存法」が特殊な種の保存の保護を図るために制定された。また昭和6年に「国立公園法」が優れた風景地の保護を図るために制定された。
 「国立公園法」は1957年には「自然公園法」に改組された。この法律は「すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もって国民の保健、休養及び教化に資すること」を目的としており、結局、自然を観光資源とみなしている。従って、観光開発に傾く要素が強い。その上、1989年に自然環境保全審議会は国立公園を保護から脱却し、公園内のリゾート開発志向OKの考えを出している。霧島国立公園のスケート場開設などをみてもその感は強い。とはいえ、公園内の特別保護地域については、種の保存にそれなりの役割を果たしてきている。しかし、看板のミヤマキリシマの盗掘は後を絶たないし、特別地域以外では伐採が進んでいる。従って、今以上に特別保護地域を拡大し、禁伐区域を広げる必要があるし、レインジャーをもっと増やす必要があるのではないか。また、このことについては国立公園のみならず、国定公園や県定公園にも当てはめるべきであろう。
 一方、天然記念物保存法(文化財保護法の中の動植物及び地質鉱物関係)の植物関係では、巨樹・名木、代表的原始林、希有の森林植物相、特殊岩石地帯植物群落、原野植物群落、著しい植物分布の限界地などが指定対象となり、種の保護には一定の役割を果たしている。植物関係物件は国指定が30件、県指定10件があり、その中で野生植物の種としてはソテツ・ビロウ・ヘゴ・エヒメアヤメ・ノカイドウ・ヤッコソウ(以上国指定)、オニバス・フクジュソウ(県指定)の8種が対象となっているだけである。しかし、このうちヘゴ(日南市鵜戸)は10年ほど前に木状になっていた株はゼロ(寒波による枯死?盗掘?)となった。エヒメアヤメ(小林市生駒)やオニバス(木城町)の発生個体数は極めて少なくなっている。また、川南の湿原植物群落にはメリケンカルカヤや水田雑草が侵入し、危険な状態にある。このように、天然記念物に指定されていても決して安心できないのが現状である。もっと積極的に保護への施策をとる必要がありそうである。
 なお、最近は市町村の天然記念物指定の動きがあり、大いに推奨したい。その中から、価値の高い物件を県、国指定にランクアップしていけばよいのである。
掃部岳北部自然環境保全地域
掃部岳北部自然環境保全地域
 地方自治体の条例としては、本県では1972年に「宮崎県における自然環境の保護と創出に関する条例」を制定している。この条例により、数多くの動物が生息し、優れた自然景観を擁した原生林地帯ということで、1975年「樫葉自然環境保全地域」(120ha)・「掃部岳北部自然環境保全地域」(64ha)の2地域を指定した。私もこの両地域の調査に携わったが、両者とも急傾斜地で崩壊しやすく、伐採等の開発をすれば危険なために保全地域に指定したのであるが、区域内には結構貴重な植物があり、種保存の機能も担っている。なお、両地域ともその一部が林野庁の林木遺伝資源保存林(後述)となり、二重の規制を受けている。
 林野庁関係では保護林制度による、自主規制ということで国有林の一部を「風致保護林」と「学術参考保護林」として保護してきたが、最近国有林の保護を求める国民の声が高く、国民の多様な要請に応えるため、昭和62年に国有林内の保護林制度の再編・拡充に乗り出した。そこで、従来は「風致保護林」と「学術参考保護林」に分かれていた保護林を、その目的に応じて(1) 森林生態系保護地域(2) 森林生物遺伝資源保存林(3) 林木遺伝資源保存林(4) 植物群落保護林(5) 特定動物生息地保護林(6) 特定地理等保護林(7) 郷土の森の七つに区分した。
 (1) 「森林生態系保護地域」は全国に12ヶ所の侯補地を上げている。本県関係では祖母山・傾山周辺が対象となっている。森林生態系保護地域については自然環境の維持、動植物の保護、遺伝資源の保存などの目的のため原則として人手を加えないとのことである。この自主規制を高く評価したい。ただ、残念なことに祖母山・傾山周辺の指定地域が狭いようにも思える。さらに、今後も椎葉国見岳周辺、尾鈴山なども候補地に取り上げ、拡充を図ってもらいたい。
 (3) 「林木遺伝資源保存林」は県内に次の16ヶ所がある。えびの営林署管内・川添(79.26ha)、小林・夷守(6.79ha)、都城・霧島(13.14ha)飫肥・三岩(5.07ha)、串間・大矢取(5.26ha):以上昭和63年指定、西都・掃部岳(35.8ha:兼自然環境保全地域)、宮崎・双石山(66.22ha)、宮崎・青井岳(1.01ha)、高岡・八久保(59.14ha)、高岡・蜷尻(8.21ha)、高岡・楠見(4.70ha)、綾・重永(7.3ha):以上平成元年指定、延岡・柏(32.95ha)、高千穂・鬼の目(467.22ha)、日向・樫葉(51.40ha:兼自然環境保全地域)、高鍋・尾鈴山(109.91ha):以上平成2年指定
 このうち、三岩と大矢取はそれぞれ杉と楠の人工林で以前より学術参考保護林に指定されていたものである。面積の広いのは鬼の目の天然スギ林、尾鈴山松尾ダムの尾鈴山側の斜面で両者とも原生林で天然記念物クラスの価値を持っている。
 (4) 「植物群落保護林」は県内には次のニヶ所が指定されている。
 高千穂町・二上山植物群落保護林(21ha:ここはケヤキの天然林で林内には稀産種メグスリノキやナガバノスミレサイシンが豊産し、主旨のように群落全体がセットとして後世に伝え残すだけの価値は充分にある。
 都農〜木城町・尾鈴山植物群落保護林(15ha):ここは世界三大樹種の一つであるコウヤマキの自生南限地であり、樹令400〜500年、直径5cm以上のものが600本/1haあり、最大規模の自生地といえる。この群落は1989年5月、「尾鈴山の自然を守る会」が発足し、第一回自然観察会を実施した際に発見されたもので、同年11月にその調査を依頼された「宮崎植物研究会」が調査し報告書をまとめた。その報告書は早速林野庁等の関係機関に届けられ、今年になってこの保護林が誕生したのである。「尾鈴山の自然を守る会」の努力と林野庁の英断に敬服したい。
 (7) 「郷土の森」は県内に1ヶ所指定されている。
 山田町・稲妻郷土の森(15kg):ここは樹高22m、胸高直径25〜40cmのケヤキの植林地で、天然林と類似した林内構成種を持つ。本来、郷土の森は天然林を対象とするとのことであるが、自然植生と混同されるくらいの立派な森であることと、山田町の町木がケヤキであることもあって郷土の森指定となったらしい。
 (2) 森林生物遺伝資源保存林、(5) 特定動物生息地保護林、(6) 特定地理等保護林は熊本営林局管内では今のところ指定物件はない。他にはまだ編成されていないもので、宮崎県関係は風致保護林:小林〜えびの・白髪岳風致保護林(332ha)、学術参考保護林:えびの・北霧島学術参考保護林:えびの・北霧島学術参考保護林(316ha)がある。これらもいずれ(1) 〜(7) のいずれかに編成されていくはずである。

 (1-ii) これからの措置
 レッドデータブックに登場している植物を中心に、さらに各県で検討し追加の必要のある絶滅の危機に瀕している植物(宮崎県では冒頭に記載した)の保護対策としては、法的規制が望ましいものがある。
 どのような法的規制が考えられるか、東京大学教授岩槻博士は次の三点を提唱しておられる。
 イ、現状を調査し、動態を追跡することを義務づける法
 口、山採りの野生種の取引の規制
 ハ、絶滅危惧種をつくる開発の規制
私も常々同じようなことを考えていたのでこれらについて述べてみたい。

(イ) 現状を調査し、動態を追跡することを義務づける法
 現段階での絶滅危惧種はほぼリストアップされたが、これらが今後どうなっていくのか、また、今は絶滅危惧種ではないが将来に対象になる種もあろう。従って、恒久的に野生植物の動態を追跡しておかねばならない。そのためには研究者の任意の作業に任せるのでなく、国や自治体の事業としてなす必要があろう。研究者やナチュラリストの情報提供等のバックアップも必要だが、それに甘んずるのでなく、調査は主に配属された専任の調査員によって行われるべきものである。

(ロ) 山採りの野生種の取引の規制
 野生植物が危険な状態に陥っている二大原因の一つが山草業者などによる採取・乱獲である。
 1970年にオナガカンアオイを発見した頃、某氏から電話があり、オナガカンアオイの自生地を教えて欲しいとのこと、理由を聞くと、「これからカンアオイのブームが来る。他県の業者に持っていかれるので、自分の裏山に疎開させておきたい。ブームが終わってから元に戻す」というのである。疑心暗鬼でぼかした答えをしておいた。それから数年後、某氏宅を訪れる機会があったが、なんと門口にオナガカンアオイをはじめ数種の野草が堂々と販売されていた。それ以来、宮崎県にカンアオイブームが入り、今は日向市を中心にカンアオイを看板にした山草店が何軒もできている。あるカンアオイ専門の山草店に花の色の変異株に途方もない値がついていた。
 幻のように珍奇な植物は人々の関心を呼ぷのであろうか植物の栽培もここまでくれば、もはや植物の観賞でなく、特殊な物好き相手の経済活動である。中には山草を投資の対象としている人もいるように聞く。
 一昨年、横浜に行く機会があり、せっかくだからと川崎大師を参拝した。その参道の露店に宮崎県の固有種「キバナノホトトギス」が並んでおり、びっくりした。よく見ると、栽培株でなく山採り株のようであった。おそらく専門の採取者がおり、販売ルートもあるのであろう。
 熊本県人吉市の山草店では宮崎県の特産種ツクシイワシャジンが販売されていたし、本県の山草店にも着生ラン類、ヤマシャクヤク、ササユリからキレンゲショウマまで各種の野生植物が並んでいた。
 ちょうどこの原稿を書いていたら、熊本県の植物研究家の乙益正隆氏より電話があり、熊本市内の山草店で山採りのオナガカンアオイ約200株が1株200円で出ていた。他にもササユリ・キバナノホトトギス・キバナノツキヌキホトトギスも販売されており、店主に持ち込んだ業者を聞いたところ、宮崎県人だという。これでは、宮崎の貴重な野生植物が無くなるから、なんとかせんと大変だよという警告の内容であった。
 こうなると、野生種の取引きや扱いに規制が必要となるが、その具体策として次のようなことが考えられる。
 (1) 規制対象の野生種をはっきりさせ法で保護する。
 山梨県が観光開発に伴い高山植物の盗採が激増したため、「山梨県高山植物の保護に関する条例」を施行した。この法によりキタダケソウなどの絶滅危惧種の採取と販売が禁止されたのである。この法にも抜け道があり、川崎大師や熊本市で販売されるキバナノホトトギスのように、山梨県以外での販売には規制ができないわけで、これで全く安全というわけにはいかないようである。従って、この場合は県レベルだけではなく、国レベルの法が必要になろう。
 ただ、注意したいことは、規制が拡大され自然を体験する機会が失われるようになっては恐ろしい。わらび摘み・野イチゴ取りなどの遊びや小中学生の植物採集などの子供たちの野外での体験は環境教育の基本であり、このような行為までが窃盗行為や自然破壊だと非難されては別の意味で危険である。従って、規制すべきものは、あくまで絶滅危慎種を対象にし、その種は公表されなければならない。子供を含めて全ての人々が危険にさらされている植物を知り、みんなで守る気持ちを育てていく必要がある。
 (2) 公的機関での増殖販売
 希少価値が所有欲をかきたて、業者を育成することになるので、増殖し安価で販売すれば、山採りは消えていくはずである。既に栽培している人は、むしろ増殖に努め、増やされた株は、山採りでなく栽培株だという登録証を発行し積極的に販売すべきである。勿論、増殖した人は努力に相応する報酬は受けるのは当然であり、取引されてもよいと思う。しかし、いろいろな問題点もあるので、販売は公的機関を通じてだけ認めるというやり方にすべきである。
 (3) 監視員による摘発
 野鳥の会県支部が宮崎市の小鳥店を調査したところ、鳥獣保護法で飼育が禁止されている野鳥が飯売されている、というニュース(宮崎日々新聞1991年7月)があった。これも飼育禁止の野鳥の関係機関におけるPR不足が原因と書いてあったようである。市民に意識が浸透していれば市民による告発があって販売はなくなるはずである。
 野草も同じであろう。取引を規制する植物を認定する委員会を設置しておき、各地にボランティア的監視員を置き、その情報を受けた委員会の判断で摘発するようなシステムをつくる。
 (4) 山草展の配慮
 春になるとあちこちのデパート等で山草展が開催され、多くの人々が観賞に訪れている。これらの展示会が、観賞した一般市民に、野草をどのように受け止めさせるのであろうか。「可愛いい野草の存在価値を知り、自生地で大事に保護していかねば」と感じたか、あるいは「綺麗な野草を我が家にも植えよう。採りに行かねば。」「金になるなら持って置こう。」と感ずるのか、これまでの展示会はどうも後者のように思えてならない。
 本県の山草ブームは異常であり、自生地から姿を消す野生種は年々急速に増え続けている。展示会の開催が山草ブームを煽り、乱掘に拍車をかけたのではなかろうか。
 野草を愛でることは大いに結構であり、積極的に勧めていただきたい。しかし、野生植物は野にあってこそ価値のあるもの、安易に採取すべきでない。展示会でも栽培は結構難しいものであり、誰にでも勧めるべきではないし、寝た子を起こすような発想は厳に慎むべきである。ましてや野生植物の即売は言語道断である。
 これからの野草展示会では野生植物の保護という理念をもっていただき、ただ、野草の美しさ・可憐さを楽しむだけでなく、会員が積極的に保護に取り組む姿勢を示し、展示会では種子や挿し木での繁殖の仕方や野生植物の自生地における存在価値を教えていただきたい。また、別途にみんなで現地に野生植物を戻す会などの企画もされると有り難いと思う。これから先は野草を愛する方々の意識の変革と高揚が、今の危機的状態を救う最大のポイントだと考えている。

(ハ) 絶滅危惧種をつくる開発の規制
 日本の野生植物を絶滅危惧に追い込む原因の40%が開発によるもので、、宮崎県でも30種以上がやはり開発により絶滅に追い込まれている。野生植物を危険な状態に追い込む最大の原因は開発なのである。
 今の開発技術を持ってすれば、湿原や草原などの平担地は一夜にして整地され、昨日まで生育していた分布南限植物が消え、その植物の南限地が変わってきたり、また地球上で唯一ヶ所の自生地があっけなく潰されることもあり得る。
ムジナノカミソリ
ムジナノカミソリ
 日南市星倉の水田灌概用水路脇に日本ではここだけのヒガンバナの一種である「ムジナノカミソリ」があった。貴重・珍品との噂が立ったのか、こころない人の乱獲により現地には数個体だけになってしまった。所有したその人はプランターに無造作に植え込み、ついに全てを枯らしてしまった。頼みは現地の株の繁殖であった。ところが、今年度の整備開発事業でその用水路はコンクリート化してしまい、ムジナノカミソリの自生地は日本から姿を消してしまった。
このような失敗を繰り返さないためには、早急な開発認可委員会なるものの設置が求められる。委員会は独自にあるいは研究者の協力を得て、丸秘の絶滅危惧種の県内における詳細な分布をデータベース化しておくことになる。いざ開発となると、ムジナノカミソリのように何の変哲もない所に絶滅危惧種が生育していることもあるので、開発の際は必ず開発認可委員会のチェックを受け開発予定域の絶滅危惧種の有無を確認した上で認可し、問題があるときにはアセスメント調査を実施してさらに検討するようなシステムを作る必要があるのではないか。その委員会は恒久的にしかも定期的に現地を訪れ調査を繰り返し、現状を常に把握しておくことも当然必要となろう。

2. 施設へ避難させて保護しておく
 (2-i) 絶滅種の現地への復元
 1982年に発見された沖縄県の北部の一部にしかないオリヅルスミレの自生地がダム建設で水没し、野生状態のものは消えた。琉球大学で育てることになったが繁殖に失敗し、残された2株が広島市植物公園に育成が依頼された。同植物公園による懸命の努力の結果ようやく増殖に成功し、故郷の沖縄に里帰りするとのうれしいニュース(産経新聞・89-4-10)を見た。
 日本産野生植物の6種に1種はやがてこの世から姿を消そうとしている。我々はそうならないうちに最善の努力をしなければならない。そこで考えられるのが、植物園等の施設でその種を栽培し、増殖をすることである。絶滅危倶種は個体数が少ないので、株を掘り取るわけにはいかないので、種子による増殖か、小枝から挿し木によって増殖することになる。このようにして増殖された株を自生地にもどし、復元することができる。

 (2-ii)植物園等の施設での種の保存
 野生植物の株での保存は、その種の自生地の環境下で行われるのが良い。従って、一つの植物園で全ての種を保存するには、あらゆる気温・水分量・空中湿度等の環境要因をコントロールする施設が必要となり、また場所の確保を考えるととうてい無理である。そのため、各地に植物園を設置する必要があろう。
 本県にも青島亜熱帯植物園等のいくつかの植物園があるがいずれも種の保存という発想で設置されてはいない。最近、宮崎市に椿山森林公園が造られ、県内各地から集められた椿が植え込まれている。ここに県内外の野生のいろいろな変異種も集めていけば椿の系統保存や遺伝資源の保存の機能を持たせることができる。椿山地区は野生のヤブツバキが多く自生し、椿の育生には最適の場所である。高知県の牧野植物園には野生の菊が集められ栽培されているので有名である。あらゆる植物を栽培する植物園よりもこのようなタイプの植物園の方が種の保存という観点から見れば理想的かもしれない。
種子バンク
種子バンク
(筑波の農林水産省農業生物資源研究所:パンフレットより)
 しかし、野生植物の株による種の系統保存がなされていても、その施設にトラブルが生じれば全滅することも予想されるので、保存は1セットだけでなく、全く別の地にもセットとして保存しておく必要がある。そうなると、株による野生植物の種の系統保存には限界がある。
 次に考えられるのが、種子による保存である。筑波の農林水産省農業生物資源研究所に大型の種子バンクが建設され、貯蔵のためのすぐれた設備が整えられている。しかし、ここでは今のところ、栽培植物とその近縁野生種の保存にとどまり、全ての野生種にまで手を広げてはいない。むしろ、野生種の種子の系統保存は東京大学や東北大学などの大学の研究所で行われている。今後は国の施策として取り組まねばならない課題である。
 京都大学農学部の入谷教授らは家畜生産に使われだした精子や受精卵の凍結保存法を野生動物の保存に応用する研究を進めている(日本経済新聞:1989−7−12)とのこと。バイオテクノロジーを駆使し花粉細胞からもとの植物を再現できる時代となってきたので、将来は花粉や組織の凍結による野生種の系統保存も考えられる。さらにDNAによる保存も夢ではない。

3. 環境教育を通じての意識の向上
高校生による野外生態調査
高校生による野外生態調査
 埼玉県羽生市の宝蔵寺沼に自生し、絶滅の危機が叫ばれている国の天然記念物「ムジナモ」を育て、守り続けている小学校がある。同市立三田ケ谷小学校がその学校だが、同小では1982年から「ムジナモ栽培クラブ」をつくり、校庭の水槽で増殖し、8月頃に宝蔵寺沼に放流している。丹念な観察日記を付け、先輩から後輩ヘバトンリレーされ、ムジナモに保護の手を差しのべている。同クラブは1989年に環境庁長官より「地域環境保全功労者」に選ばれ、表彰をうけた(埼玉新聞:89-5-25)、というニュースを見た。この学校の子供たちは勿論、PTAの方々も野生生物の保護については理解と協力を惜しまないはずであり、ムジナモは安心である。
 最近、宮崎でも大淀川水系の小学校が連合し、大淀川を教材に取り上げたとのニュースを耳にしている。私の勤務する高校でも1年生に、森、川、池の生態系の調査観察をさせている。各生態系の生産者としての植物の種類と量、消費者としての動物たちの種類と量および森では分解者としての掃除屋である土壌動物たちの種類と量を調査し、さらに水質等の環境要因まで調べさせている。各グループが結果をまとめ発表する中で、生徒たちが生態系を総合的に捉えられるようになり、豊かで科学的な自然観を持ってくれればと教師も一生懸命に野外での体験学習に取り組んでいる。
 1990年になって行政や企業での自然環境の保全についての配慮や取り組みがなされるようになった。しかし、環境保全は未端の各家庭や住民一人一人の意識の高揚がもっとも大切なのではなかろうか。草の根運動的な取り組みが自然環境を保存し、絶滅に瀕した野生植物の保護を図るべースになるのであろう。

(3)野生種はやはり自生地で

 前章で保護の施策について述べてきたが、やはり野生植物は自生地で保存することが大切である。野生植物がその自生地に存在すること自体に価値があるからである。野生植物がそこに生育するには、環境条件が適していることは勿論であるが、もう一つ歴史的背景があるからである。
 都城市牛の脛にはかってヒゴタイの自生地があった。お盆の頃になると、独特の紫色のハリネズミを思わせる丸い花を高々と開き、まるで原野の王様といった花てある。里人はこの花を摘み、お盆の供花として先祖を迎えるために使っていた。ヒゴタイは九州と朝鮮半島が陸続きであった15万年程昔に南下してきた大陸系の植物である。自然環境と人間の活動形態がその生存に適していたため、霧島山麓牛の脛に遺存できたのである。つまり、ヒゴタイの存在そのものが長い歴史のドラマの反映であり、歴史の生き証人なのである。今、ヒゴタイが霧島山麓から姿を消し、かって霧島山麓が朝鮮半島北部から満州にかけての大草原のような植生を持っていたことを語り伝えるものが一つ消えたのである。
 野生植物は植物園等の施設での保存より、その種が生きてきた自生地での保存が大切なのである。従って、それらの生き続けるありのままの自然を維持してやる手立てをせねばならないのではなかろうか。野生種はやはり野にあってこそ価値があるものである。
 それでは、絶滅に瀕する野生植物を擁し、自生地を生態系として保存すべき場所としては宮崎県にはどこがあるのか、またその保護をいかにすべきかについて触れてみたい。
 保存すべき種は、レッドデータブックに登場の絶滅危惧種のうちの宮崎県産135種は勿論であるが、それ以外にも九州レベルでの分布評価からするとさらに138種を同様に扱ってよいと思うので、計273種が指定対象となり、宮崎県産野生植物の12%にもなる。これらの個々の種名については主なものは既に触れているのでここでは割愛したい。
 273種の本県での分布は県下全域に及ぶものではなく、これらの植物たちが分布しているところは極在しており、実際には県内のごく一部の地域だけが保存対象場所となる。ここではこれらの植物をも含め、貴重な植物を持つ生態系を取り上げたい。

1. 原生自然の保護
 原生自然とは、人間活動の影響を受けていない自然を意味する。となると、人間が踏み入った場は厳密にいえば対象外となり、宮崎県には原生自然はないことになるので、太古の昔から斧が入っていない原生林は勿論、過去に局部的に伐採されたことがあるがその後回復してほぼ極相の原生状態にまで遷移が進み多種多様な生き物が自然のままと同じに生活をしている森も対象にすべきであろう。また、川口の葦原、海浜、霧島山の火口湿原や火山荒原、山頂部の岩角地や石灰岩に生える草原や低木林は、低温・強アルカリ・乾燥・極端な風衝地等の厳しい環境のため森が形成されない、特殊な植物群落であり、これらも原生自然である。
 原生自然は、その土地の気候・土壌条件の上に成立した極相であり、その土地の生物社会が完全なセットとして存在している。それらの生物が長い進化の過程で獲得した遺伝子を保存しており、過去の生命の歴史を刻み、また将来にわたり人間が生きていくために必要な知恵と新たな生命を創出する源泉でもある。
 このような原生自然は、今までほとんど開発され、人間生活に利用されており、非常に狭い面積しか残っていない。それゆえに、今、残っている原生自然は貴重であり、地球規模から見ても厳正に保護していかなければならないものである。
 本県の保存したい原生自然には次のようなものがある。

 [原生林]
原生林は確実に減っている(霧島国立公園にて)
原生林は確実に減っている
(霧島国立公園にて)
 大崩山〜五葉山に至る祝子川源流地域、祖母・傾山系、霧島山系、椎葉国見岳〜白鳥山、尾鈴山、米良石堂山〜九州大学演習林、綾北・南川源流域、山之口町東岳、鰐塚山、加江田川〜双石山、高岡町高房台周辺などにしか見ることができなくなっている。このうち大規模に残っているのは大崩山〜五葉山に至る祝子川源流地域くらいで他は虫食い状態となっている。15年前なら世界に誇れるような大規模な照葉樹林が綾北・南川源流と高岡町高房台周辺に見られたが、今は見る陰もなく、むしろ近年になっての伐採のため無残な姿を呈している。今残されているものだけでも現状維持を図る必要がある。
 小規模ではあるが、離島の幸島・乙島や国道沿いの魚付保安林として大切に保存されている美々津権現崎などもシイ・タブ林の原生林として扱ってよい。
 これら数少ない原生林を保護するには、国立公園は「特別保護区域」の拡大を図る。国有林なら「森林生態系保護地域」「林木遺伝資源保存林」「植物群落保護林」や「郷土の森」などに指定する。また、地形によっては掃部岳のように「自然環境保全地域」に指定したり、双石山のように天然記念物に指定するなどの方法が考えられる。

 [ハマサジ・ハママツナ等の塩生地植物群落]
 海岸の入江や河口の湿地には特殊な草原植物群落が形成される。南北浦海岸の甫場・島之浦に僅かにみられるハママツナ・ハマサジ・ウラギク・シバナなどの高浸透圧植物からなる草原群落は数少ない貴重な存在である。
 また、河口にはハマボウやハマナツメの塩生地低木群落が形成されるが、宮崎県には規模の大きなものは少なく、ハマボウ群落が延岡市井替川河口、高鍋町小丸川河口、日南市大堂津に発達し、ハマナツメ群落が日向市竹島に見られるだけである。天然記念物級のハマナツメ群落が東都農海岸に発達していたが、写真におさまることもなく海岸線の後退で完全に消滅してしまった(本誌4号)
 建設省の調査(昭和62年調査)によると、日本列島の海岸線総延長34,300kmのうち、36%しか天然海岸はないとのことである(日本経済新聞88-10-22)。これは、高度経済成長時代に始まった日向市細島臨海工業地帯のエネルギーやコンビナート用地として、また最近はレジャーランドやゴミ処理場として埋め立てられてしまったからである。
 その上、最近は浸食から海岸を守るため、海岸線をコンクリートで固めてしまうケースも多い。将来、地球温暖化に伴う海面上昇が進めば、天然海岸はますます消え、塩生地の特殊植物群落も消滅することになるので、いよいよ価値の高い群落となる。

 [ウバメガシ等の海岸風衝低木林]
 海岸の風衝地には特有の低木林が発達する。その中でも貴重なものとしては、ソテツ群落とウバメガシ群落がある。ソテツ群落は都井岬にあり国の特別天然記念物指定を受け大切に保護されている。
 ウバメガシ群落は県北にみられ、特に土々呂赤水の群落及び東都農駅裏の海岸林にあるものは保存すべきものである。
 東都農駅裏の群落は礫浜の上に形成されたもので、他に類をみない貴重なものであるが、礫浜が次第に浸食され、今は波がこの群落を直撃している。海岸の浸食の原因を早急に把握し保護の手を打ちたいものである。

 [アゼトウナ・タイトゴメ等の海岸断崖地草原]
 日向市の細島海岸・伊勢ケ浜と美々津権現崎には尾鈴熔岩からなる断崖が形成され、その上にはアゼトウナ・タイトゴメ・ハマカンゾウ・タカネマンネングサ・イヨカズラ・イソヤマテンツキ等の特殊植物群落が発達している。この群落はほぼ南限となり貴重なので保存の必要がある。現在、日向市土々呂毛では採石でひと群落が消えようとしている。

 [ミヤマキリシマ等の低木群落]
 ミヤマキリシマは九州の火山性山地の1,000m以上の高地に自生する九州の固有植物である。宮崎県では霧島山系の韓国岳、新燃岳、中岳、高千穂峰、えびの高原つつじ丘などがミヤマキリシマ群落の美しいところである。
 ミヤマキリシマ群落は九州の火山荒原に形成される植物群落で、次頁のようにやがてはブナ林に移行し、消滅してしまう、遷移途上の群落である。従って、そのまま自然のあるがままに放置すれば自然の摂理でアカマツやヤシャブシに駆逐される運命にあるわけである。それにしてもミヤマキリシマは美しく、霧島の看板娘である。世の誰もがヤシャブシやアカマツ林より価値が高いと認め、その存続を望むなら、自然の摂理に反するが、ミヤマキリシマ群落を維持せねばならない。

霧島山における群落の遷移(南谷)
霧島山における群落の遷移(南谷)

 すでに、えびの高原のツツジ丘では実施されているようであるが、ミヤマキリシマ群落を被うようなアカマツやヤシャブシの枝を払うか取り除くかの人為的干渉が必要になる。
 ミヤマキリシマ群落に限らず、絶滅危惧種を持つ低木群落は霧島山ではキリシマミツバツツジ群落やヒカゲツツジ群落があり、他にも鰐塚山のタマカラマツ・ウスバヘビノネゴザ・イワザクラなどを持つ山頂低木群落、祖母・傾・大崩山山頂部のチョウジコメツツジ・ミヤマガンピ・ウバタケギボウシ等の特殊植物をもつ低木群落、白岩山・洞岳・五葉岳のウスバヒョウタンボク・キビノクロウメモドキ・シコクシモツケ等の石灰岩特殊植物群落、椎葉国見岳山頂や市房山山頂部のオオヤマレンゲ・ツクシドウダン・ヤクシマホツツジ・マンサク等で構成される低木群落、椎葉村大河内と須木村九々瀬のレンゲツツジ群落(前者は九州大学の演習林、後者は同村の天然記念物指定を受け保護されている)も長い年月の間に消える運命にある。これら低木群落は山頂部に多く、従って山頂は低木のため眺望もきき、登山の醍醐味を味わうことができるが、遷移が進み、尾鈴山のようになると山頂部まで高木に被われ全く視界も悪くなり、しかも山頂部特有の植物も全く見られなくなってしまう。これらの低木群落も維持するための干渉が必要となる。
甑岳火口湿原に迫るアカマツ

 [コゴメカラマツ・ケイビラン等の岩上草本植物群落]
 尾鈴山周辺の滝壷などの水気の多い岩上にはコゴメカラマツ・モミジバセンダイソウやキバナノツキヌキホトトギス等からなる草本植物群落が見られる。また県北部の山岳地帯の崖地にはケイビラン群落があり、いずれも大変貴重な植物群落であり、保護しておかねばならない。これらの場所は危険防止のため、崖が壊されたり、コンクリートを吹き付けられることがしばしば起こるので注意が必要である。

甑岳火口湿原に迫るアカマツ
甑岳火口湿原に迫るアカマツ
[高地の湿原草本植物群落]
 霧島山系には甑岳・赤松千本原・大幡山・白紫池周辺に湿原がある。そこにはモウセンゴケやムラサキミミカキグサ等の食虫植物・マイサギソウ・ヌマガヤ・クモイコゴメクサなどの貴重植物が草原を作っている。この湿原の周囲にはミヤマキリシマやミヤコザサが、さらにその周囲にはアカマツが侵入し、確実に遷移の進行が進みつつある。原生自然であるだけに動物との共存も配慮の上で、湿原群落を維持するための何らかの処置をせねばならない。

2. 里山の植物群の保護
 人里近くには、なんらかの人間の干渉を受けながら、人間の活動形態に適応し、人類と共存し栄えてきた、いわゆる、里山の野生の植物たちがある。彼等のすみかは造成され易い地で、最近になって急テンポで開発が進んでいる。また、人間の活動形態も変貌した結果、これまで受けていた干渉がなくなり、新たに侵入した植物に追いやられ、里山の野生植物は絶滅の危機に瀕しているものが多い。

[キスミレ・エヒメアヤメ等の原野の草原植物群落]
 高千穂町五ヶ所高原や霧島山麓には、今でも大規模なススキやチガヤが繁茂する原野がある。また規模は小さいが各地の集落の近くにも、昔から萱場として大切にされてきたススキ草原があった。その原野には、春はスミレ類、ハルリンドウ、オキナグサ、ミツバツチグリ、オカオグルマ等が咲き、夏から秋にかけてはキキョウ、オミナエシ、カワラナデシコ、カワラマツバ、リンドウ、ノヒメユリ、ホソバヒメトラノオ等が咲き乱れ、里人はこれらの野草を盆花や牛馬の飼料として利用してきた。またススキやチガヤは牛馬小屋の敷き藁や茅葺き屋根のふき替えにも使い、原野は無くてはならぬ大事なものであった。
 そのうえ、この風野は前述のヒゴタイのような満鮮系植物(九州と朝鮮半島が陸続きであった15万年程昔に南下してきた大陸系の植物)の最期の砦でもある。広大な中国東北部(旧満州)の原野を故郷にする満鮮系植物で宮崎県を南限としているキスミレ、エヒメアヤメ、サクラスミレ、サクラソウ、キジカクシ、カザグルマ、ミシマサイコ、ヒメユリ、ノカラマツ、ハナカズラ、ヒロハトラノオ〜これらの多くは絶滅危惧種〜等もこの原野に生育している。
野焼き
野焼き
 この原野を維持するために、里人は1〜2年に1回の野焼きや刈り取りをしてきたのである。この干渉をしなければ原野は遷移が進み、やがて侵入してくる樹木に被われ、満鮮系植物は光不足で死滅する運命にある。即ち、満鮮系植物は人間の行動形態に適応し、野焼きや刈り取りといった干渉なしには生きていけなくなっているのである。
 ところが、近年になって人々の行動形態が一変し、萱の需要がなくなり、厚野は放置されたり、スギやヒノキが植林され、原野そのものが消え、当然ながら満鮮系植物も絶滅への運命をたどることになってしまったのである。今のうちに保存すべき原野を指定し、民有地は買い取るか、所有者の理解を求め、これまで同様の原野を維持してもらうため、野焼きや刈り取りを続けてもらうしかないであろう。

[タチスミレやホシクサ類の低地の湿原草本植物群落]
高鍋湿原(1989-7-9)
高鍋湿原(1989-7-9)
 えびの市、新富町、高鍋町と川南町及び北川町には絶滅危惧種や地理分布上の貴重種を擁する湿原がある。そのうち、川南町の国立病院横のものは国の天然記念物に指定され保護されているが、固有種ヒュウガホシクサとヒュウガトンボは既に絶滅し、湿原の上の池には生活排水が流入してホテイアオイが繁茂しているので、湿原の富栄養化が進んでいくと考えられるし、また近接地が宅地造成され住宅ができたので、非常に危険な状態にある。他に湿原では盗掘があり、サギソウやトキソウなどが激減したり、前述の原野同様の人間の刈り取り等の干渉がされなくなったのか、高茎の草本が侵入しつつあり、いずれも安心できるような状態ではない。
 ところで、これらの湿原に生えている植物たちの中には絶減危惧種や学術的に極めて貴重なものがある。
 えびの市の湿原には、日本で三ヶ所しかないタチスミレや宮崎県ではここだけでしかも南限となるタチカモメズル・コマツカサススキ・フトヒルムシロ及びクロイヌノヒゲの一種の不明のホシクサ類がある。ここは、定期的な野焼きや刈り取りも行われており今のところ盗掘以外の心配はない。
 北川町日向長井の湿原は以前は稲作が行われていたとのことであるが、南限で宮崎県唯一のオニナルコスゲが生育し、希少種のヌマゼリが極めて多いことが特徴である。
 新富町、高鍋町と川南町の湿原には周伊勢湾要素であるヘビノボラズ・ミズギク・ミズギボウシ・シロバナナガバノイシモチソウ・サクラバハンノキ等が九州ではここだけに生育し、他にも稀産種ミスミイ・ミカワタヌキモ・コモウセンゴケ・ヌマガヤ・コバノトンボソウ・アンペライ・ホソバニガナや新種と思われるホシクサ類があり、植物地理学上極めて特異な存在であり、日本列島の成り立ちの鍵を握っているといっても過言ではない。
 このように貴重な湿原は新富町に三ヶ所、高鍋町に四ヶ所、川南町に三ヶ所(天然記念物指定は除く)ある。とりわけ各町とも一ヶ所ずつは天然記念物クラスのものである。これは地元が受けた天与の財産であリ、全ての人々に与えられたもので、また全ての時代の人々に与えられたものであることをしっかり認識し、その保存をはかって置かねば将来に禍根を残すことになろう。このうち、高鍋湿原は地元の宮崎日々新聞に紹介されたこともあり、その存在は有名である。しかし、幸いなことにその場所が分かり難いこと、また、地元も非公開制度をとっていることもあって、保存状態は良い。ところが、最近地元では公開するとの考えがあると聞いた。私も公開には賛成であるが、時期尚早の感がする。
 ここで、湿原の保護について、先進地の例を紹介しておきたい。
 千葉県成東町の「成東・東金食虫植物群落」は1920年(大正9年)指定の天然記念物で日本の天然記念物第1号である。ここは約1650m2あり、管理者は成東町教育委員会である。1989年10月に千葉県に行く機会があり、帰路に立ち寄ってみた。成東駅からタクシーで現地を訪ねたが、運転手はそこを知っていたし、途中には交差点ごとに案内板が表示され迷うことなく行き着いた。そこは驚いたことに、駐車場が完備され、案内所らしい建物もあった。そこには私が初見のイシモチソウがあると文献で見ていたので、早速探索を始めたところ、近くの民家から年配の男性が出てこられ、私に近付き話しかけられ、充分な案内をしていただいた。案内所には代表的植物の写真が飾られ、パンフレットや湿原調査の文献もあり、早速、東京大学植物研究所調査のコピーも戴いた。見学者名簿があり、私も記名したが、県内外各地からの見学者の多さに再び驚かされた。

成東・東金食虫植物群落 成東町教育委員会パンフレットより
成東・東金食虫植物群落
(成東町教育委員会パンフレットより)

表3. 天然記念物成東・東金食虫植物群落見学者集計
(1989年6〜8月の3ヶ月の見学者数)
地 域 人  数
千 葉 県 町内
159
1,484
関   東 他県 754
北 海 道 2
東   北 9
信   越 6
北   陸 1
東   海 18
近   畿 4
四   国 1
九   州 6
合   計 2,445
 見学者が多いわりには、保存施設は簡単な外柵と木道、及び無人の案内所(木造で誰が建設したのかは不明)があるだけで、保護管理が充分に出来る様子はない。誰でも自由に入れるし、車が横付け出来るので簡単に盗掘できそうである。ところが盗掘は皆無に近いという。実際見学してみると、盗掘の跡はゼロ、踏みつけ跡もなく、木道のすぐ横に目指すイシモチソウやナガバノイシモチソウ・コモウセンゴケ等が惜しみ無く所狭しと繁茂しており、また、本県の川南湿原のようにススキやメリケンカルカヤのごとき外来種の侵入もないのである。一体どのような保護管理がなされているのか尋ねてみたが、それは私が常々考えていたものであった。
*ボランティア:現在10名
○土・日(暇な曜日も随時)は見学者の案内と盗掘防止。
○生涯学習の場ともなっており、標本作成・保存のほか植物の研究もしている。
○スタッフは民間人・高校教師や小学生等で10〜70才。
*専任者:1名
〇5〜9月のみで、見学者の案内と盗掘防止及び研究。
○町の嘱託で県の最低賃金支給。
*地元の愛土会:60世帯から30〜40名が出て次の奉仕をする。
○芝焼き:1〜2月に実施。
○草刈り:7月に実施。
○ススキ剥ぎ:11月に実施。
○年間18万円が町より支給されており、この金は地元の親睦を図るために専ら用いているとのことである。
○天然記念物指定前より、地元の方々はこの湿原を大事にしていたらしい。
 国の天然記念物である以上公開は当然であるが、以前は盗掘が多いため、公開を止めようかと考えたこともあったらしい。このような組織が出来てからは見学者は増えたが盗掘はめっきり減少したそうである。
 保護すべき貴重な自然や珍しい植物のある場所の保存をどのようにするかは、この成東湿原の実践が参考になると思う。原則としては、その存在は地元の財産であり、地球の全ての人々の財産でもあるので、公開すべきである。その際、最も基本となるのは地元の方々がその物件を天与の財産と思いまた誇りにしていることである。さらに、この財産を子々孫々にまで残そうという意識が強い時にはじめて公開できると考えている。この意識がなければ、法律をもってしても保護は難しいのではなかろうか。
 高鍋湿原では地元の方々もその存在すら知っていないし、保護意識にいたってはゼロに近いと思う。従って、先ずは地元の方々に対する啓蒙活動から始める必要があろう。

[オニバス・タヌキモ類の溜め池草本植物群落]
 オニバスはスイレン科オニバス属の中のただ一つの種であり、日本産植物中最大の巨大な葉を水面に広げ、しかも全面に鋭い刺をもつ珍奇な水草である。夏に巨大な葉には似つかない可憐な紫色の花を着けるが、これはアダ花で生殖とは関係ない。これとは別に水中に1株で20個位の閉じ花で自家受粉により種子ができる。従って、子供は親と同じ遺伝形質を受け継ぐ原子的生殖法であるため、地域ごとに遺伝形質が違っている可能性もあるという、学問的にも貴重な植物である。
 神戸大学角野博士によると、播磨地方に数年前約30ヶ所あったオニバスがいまでは13ヶ所に減っている(神戸新聞:1989-2-20)という。
 本県でも一昨年の調査では15ヶ所の溜め池に生育を確認できたが、15年前には宮崎市柏原の「倉瀬池」にも群生を見たし、既に埋め立てられた有田の「篭池」にも多かったということ等を考えると、以前はもっと自生地が広かったと考えられる。天然記念物の木城町岩渕池の場合も、以前は池を被いつくすほどであったものが昨年は5株ほどしか生えていない。風前の灯火、絶滅は時間の問題のように思える。
 角野博士は「オニバスを取り巻く環境は日増しに悪くなっている。放って置くと絶滅は免れない。今のうちに自生地の池を中心とした集水域全体の生態系保護に乗り出さないと取り返しがつかなくなる」と訴えておられる。実はこれはオニバスに限っているのではなく、水草全体、とりわけ他に逃げ場のない溜め池の水草に言えることである。中でもミカワタヌキモ・ヒメシロアサザ・ガガブタ・シナミズニラ・カワツルモ・サガミトリゲモ・オニバス・オグラコウホネ・ヒメコウホネ・ミズスギナ・オグラノフサモの11種は本県にも生育しているが、レッドデータブックの絶滅危倶種にされているとおり希少である。
池干し(木城町岩渕池:1990-9-23)
池干し(木城町岩渕池:1990-9-23)
 本県には溜め池が901個ある。そのうちの多くは宮崎市周辺に集中し、特に生目地区に多い。溜め池はもちろん潅概用水の確保のために作られたものであるが、鯉や鮒も放流している。かつては、秋の収穫がすむと、堤の栓を抜き水を落として池をさらえていた。この作業により、池に流入する土砂や水草の遺体等で浅くなるのを防止し、放流していた魚を追い回すことで、たまっていた有機物をかき回し泥水として排出し、池の富栄養化を抑えてきたのである。
 ところが近年は早期水稲を作るようになり、収穫後に水を抜くと、早期水稲の田植え時期までには雨が少ないため貯水しない年もあるというので、水を抜かなくなった。そのため、有機物が蓄積し水の富栄養化が進むとプランクトンが増殖し、透明度が低下してしまう結果、水中の光量不足が水草の成長を抑制することになる。さらに、人口増による宅地化が溜め池の近くにまで及んだために起こる生活排水や農地からの肥料の流入も富栄養化を促進させることになる。おまけに、川からの揚水も始まり、これまでの潅概用水の溜め池への依存度が少なくなり、溜め池が放置されていることも拍車をかけている。
 先人たちが堤を築いて作った溜め池は、水田を開き、豊かな実りをもたらしてくれた。その溜め池が潅概用として不向きなのだろうか。生目地区のある農家で取材してみた。
 その地区には、97haの水田があるが、その潅概用水は3分の2が大淀川からのポンプアップ、3分の1が溜め池となっている。川は確実に汚れていくが、溜め池は天水できれいなので、安全でおいしい米には溜め池のほうが良いとのこと。しかし、今では生目地区にも無秩序に団地が増え、排水溝が完備していないために生活排水が農業用水路に流入しており、農家では、現時点では大淀川の水の方が安心との理由でパイプを付設し川への依存度が高くなってしまったという。パイプ付設の費用や取水口の建設工事費はその分不要となった池の土地を売却して得ているとのこと。維持費は溜め池の方も管理者への手当や小型の揚水ポンプの電気量などが必要であるが、川からのポンプアップは大型の揚水用ポンプの電気料・専任のポンプ運転手の手当・機械の維持費などに相当かかり、溜め池の倍は要るであろうということであった。農家では池の方が作業がめんどくさいが、経費が少なくてすみ、水が安心できるので溜め池の方が良いという。やはり溜め池への愛着は強いようである。これからますます宅地は農地に迫っていくが、生活排水が農業水路に流入しないような計画的な宅地造成が望まれよう。
 水草の危機は以上述べた水質汚濁もさることながら、溜め池そのものの消失によることも大きい。溜め池そのものが役に立たなくなったこともあって、急ピッチで埋立が進み、宅地やゴルフ場等へと変わろうとしている。宮崎市の巨大な大坪池も昨年埋め立てられてしまったが、ここ数年の間に宮崎市街地からいくつ溜め池が地図から消えたろうか。今、米の自由化が話題となっているが、これが実施されれば、水田は消え、溜め池も加速度的に消えていくだろう。水草を取り巻く環境はますます厳しい。溜め池は、あの冬の使者である水鳥たちの重要な餌である水草を育み、かつ休息の場を与えている。冬の川面に浮かぷ水鳥の光景も水草とともに消えていくのであろうか。
 生目地区には水がきれいで、水草の豊富な溜め池として天神出池・深田下池・上之迫池・大戸迫池……等が浮かぷ。県内901個の溜め池から重要な池を抽出し、それらの池だけでも集水域全体の生態系を含めた保存体制を築いておかねば、数年後には角野博士の言うように取り返しのつかない事態になるであろう。溜め池の保護措置は急務である。

[鎮守の森]
 宮崎県には、まだ各地に鬱蒼と茂った森があり、鎮守の森(神社の境内を被う森で社叢林ともいう)に対する価値観は低い。しかし宮崎でも、コンクリートが占める割合が大きくなり、確実に都市化の波が押し寄せている。
 そのような中にあって、鎮守の森は悠々としてあたかも全く変化しない存在と目に映り、我々に安らぎや安堵感を与えてくれる唯一の場となり、価値も高まっていくであろう。
 鵜戸神宮(日南市)・狭野神社(高原町)・瀧山神社(串間市)や湊柱神社(日向市)の天然林同様の森を擁した神社が宮崎県にもいくつかある。環境庁の1979年の調査によると、現存する日本の照葉樹林群落の74%が鎮守の森という。このことはかって西南日本を被っていた照葉樹林が、もはや社寺にしか残っていないということを示している。
 ところが、県内の鎮守の森の数や規模、そしてどんな生物がおり、その地域の人々と神社のかかわりがどうなっているのか等についての質問には、今は残念ながら宮崎県では誰も答えられないだろう。これから先、鎮守の森の価値観が高まろうとしている中、その総合的な調査が必要となっている。
将来は市街地唯一の森となる鎮守の森(富吉神社)
将来は市街地唯一の森となる鎮守の森
(富吉神社)
 たびたび、私の勤務する高校のことが入って恐縮であるが、理科の野外授業の中で、昨年から鎮守の森の自然的側面からの調査を生徒にさせている。昨年は宮崎市富吉の富吉神社を、今年は宮崎市有田の白髭神社の鎮守の森を対象にした。富吉神社の鎮守の森は宮崎市の沿道修景美化条例の指定を受けているほど自然の森と同じ景観と内容を持ち、白髭神社の鎮守の森は外観はさほどでもないが林内に入ると直径1m以上の巨木が林立しており、両者ともに市街地の鎮守の森としては一級品といえる。
 生徒の調査結果から白髭神社鎮守の森(面積:7200m2)に限って棲息する動植物の種数をみると次表のようになっている。
将来は市街地唯一の森となる鎮守の森(富吉神社)
表4. 白髭神社鎮守の森の植物
種  類 種  数
シ ダ 類 32
裸 子 類 5
単子葉類 19
双子葉類 142
合  計 198


表5. 白髭神社鎮守の森の昆虫
種  類 種  数
21
トンボ 5
腐肉罠甲虫 21
腐肉罠甲虫:腐肉を誘因剤にした罠にかかった甲虫類
蝶・トンボ・腐肉罠甲虫以外は調査していない。

表6. 白髭神社鎮守の森の土壌動物
(25cm×25cmの枠8個の中の肉眼で見れる土壌動物)
種  類 種  数
線 中 類 1
ミ ミ ズ 類 2
巻 貝 類 8
ク モ 類 19
ダ ニ 類 11
ヤ ス デ 類 3
ム カ デ 類 4
カニムシ類 3
カメムシ類 7
甲 虫 類 27
ハエの幼虫 10
ア リ 類 9
合  計 109
 これは白髭神社の森で生徒たちが確認した動植物の一部であるが、地元の方の話ではムササビもいるとのことである。このような狭い鎮守の森であるが、予想以上に動植物が棲息していることを理解していただけたと思う。このように鎮守の森は一つの自然生態系であり、セットとして生産者・消費者・分解者を市街地に保存しており、多様な生物種の遺伝資源保存の場となっている。大阪大学教授の上田篤博士は著書「鎮守の森」の中で鎮守の森の自然的価値を次のように整理されている。
(1) その地域の潜在自然植生を知ることができる。つまり、その地域にはどんな自然植生が成り立つ可能性があるかを診断するのに役立つ。
(2) 自然界の多様な生物相の種の保存を可能にする場である。完全な自然林でなくても、1000m2程度以上の面積があれば、植物だけでなく、昆虫から哺乳類までの棲息の可能性がある。
(3) 黒々とこんもりした鎮守の森の景観はその地域・町・村の風土景観を構成する要素として重要である。
(4) 鎮守の森には巨木から幼木まで、様々な世代が一ヶ所に共存しているが、都市化した場所にはこのような緑を見ることはできなくなり、鎮守の森の評価が高くなる。異なる世代が共存する姿は、我々人間社会にとっても、模範とすべきモデルである。
以上のほか、文化的、環境的、社会的面からも鎮守の森の価値を述べておられる。簡単にいえば、神社を含めた鎮守の森は動植物を含む生物種、文化財、民俗的行事、祭礼、芸能の宝庫であり、地域の自然史博物館、伝統工芸・建築・美術の博物館とでも言える価値をもっている。さらに景観的な価値、散策、休息、レクリエーシヨンの場を提供しているのである。
 都会では鎮守の森までが開発の的になり、鎮守の森が急速に消えているという。宮崎県でもそのような事態がいずれ訪れるであろう。そうなる前に価値の高い鎮守の森を、景観保存林や郷土の森などの指定対象にし、積極的に保存しておく必要がある。

おわりに

 本稿は「宮崎のフロラの構成メンバーたち」を綴っていく予定であったが、レッドデータブックが公表され、6種に1種の割合いで日本の野生植物が絶滅の危機に追いやられている現実を知り、急遽割り込ませて頂いて、「宮崎の保護すべき植物とその保護の施策」を2回にわたり書いてみた。この現実を多くの人に知ってもらい、危機に瀕している植物たちや自然に、できるだけ多くの人が心配りをしてもらうことを願ってやまない。本稿を書くにあたり、情報を提供して頂いた熊本県在住の乙益正隆氏、農林水産省農業生物資源研究所遺伝資源第一部植物分類評価研究チームのチーム長松岡秀道氏、千葉県成東町教育委員会関谷一徳氏及び熊本営林局計画課と技術開発課の方々に謝意を表したい。

引用・参考文献
(1) 岩槻邦男「日本絶滅危慎植物」海鳴杜(1990)
(2) 上田篤「鎮守の森」鹿島出版会(1983)
(3) 熊本県自然保護読本編集委員会「自然保護とあなた」自然と文化を愛する会(1976)
(4) 信州大学教養部自然保護講座編「自然保護を考える」共立出版(1973)
(5) 全国自然保護連合編「自然保護事典(1) 山と森林」緑風出版(1989)
(6) 千葉県成東町教育委員会編「天然記念物成東・東金食虫植物群落保護増殖計画策定報告書」及び関連報告書同教育委員会発刊(1989)
(7) 日本生態学会環境問題専門委員会編「環境と生物指標1陸上編」共立出版(1975)
(8) 農林水産省農業生物資源研究所編「遺伝資源を考える」及び「同研究所案内パンフレット」同研究所出版(1991)
(9) 前川文夫「日本の植物区系」玉川大学出版会(1977)
(10)宮脇昭「緑の証言」東書選書(1982)
(11) 宮脇昭「日本植生誌九州」至文堂(1981)
(12) 宮崎植物研究会「尾鈴山系南矢筈岳コウヤマキ林調査報告書」宮崎植物研究会会誌第4号(1991)
(13) 南谷忠志「宮崎の絶滅危惧種」宮崎の生物第4号(1991)
(14) 岩槻邦男「我が国における保護上重要な植物種の現状(レッドデータブック)」レッドデータブック委員会(1989)

掲載号:みやざきの自然 5号 '91-11

制作:2005.01.16
修正:2005.08.01